かつては稀だった災害やストライキ、国際規制が「当たり前」になる世界。2025年、製造業は単なる効率追求を超えて、レジリエンス(回復力)と適応力を備えた事業構造への転換を迫られている。
かつては稀だった災害やストライキ、国際規制が「当たり前」の時代に突入し、製造業にはレジリエンス(回復力)と適応力が求められはじめている。
本稿では、2025年7月10日、ものづくりワールド東京にて開催されたパネルディスカッション「デジタル革新が切り拓く AI時代におけるサプライチェーンの変革」で取り上げられた事例をご紹介する。
「100年に1度の災害が今後は、世界のどこかで毎年起きると言われている。事業の責任を担う立場なら、もはや『災害だから仕方がない』という言い訳は通用しない」
講演の冒頭、モデレータを務めた東京海上スマートモビリティ 取締役 兼 東京海上ディーアール CDOの大野有生氏は、現代ならではの新たな事業リスクが発生していることを紹介した。
災害以外にも、関税や紛争の問題、ストライキや人権法に関わる問題など、経営に大きな影響を及ぼすリスクが増えている。2025年6月3日に発表されたサプライチェーン・マネジメント専門家協議会(Council of Supply Chain Management Professionals)のレポートでは、「今日真実だったことが、明日には通用しない」と提言されているという。
こうした状況を踏まえ、「現在の事業運営に求められるのはレジリエンス(回復力)だ」と大野氏は強調する。サプライチェーンにおいては、安定供給を維持できることが企業競争力にもつながることから、混乱を例外ではなく前提として組み込むことが求められる。
サプライチェーンのレジリエンス、すなわち何かが止まってもすぐに再始動できる仕組みを構築するにはどうすればよいのか。
パネルディスカッションに登壇したNTT DATA, Inc. デジタルサプライチェーン CoE責任者のJordi Vilardaga氏は、ポイントとして「サプライヤーから顧客までのエンドツーエンドの可視化」「施策実施時の効果を予測するシミュレーション」「自律的な意思決定」の3点を挙げる。
そして、これらを実現するのに有効なのがAIだ。Vilardaga氏は、AIエージェント、機械学習、生成AIを組み合わせ、現場のオペレーションから経営判断までを支える「Blended AI(統合型AI)」というコンセプトを提唱。人の判断を補完・強化しながら、変化に即応する俊敏な供給網を築くことが大事だと説明した。
講演において最初に紹介された事例が、食品・日用品向けパッケージを製造する米国大手メーカーGraphic Packaging International(GPI)である。日清食品の即席麺など、日本人に馴染みの深いブランドも多数顧客に抱える。
登壇したGPI グローバルCTOのNikhil Narvekar氏は、同社が抱えていた課題として情報の分断を挙げた。
GPIは、過去10年間で25社以上の企業を買収している。買収先ではそれぞれ異なるERPを使用していたことから、全社横断的な調達最適化やコスト管理に着手できなかった。
この状況を打破するため、GPIはクラウド型のデータレイクを中核に据えたデータ統合を進めた。複数のERPから得られるデータを集約し、クレンジングを施すことで信頼性の高いデータ基盤を構築。これにより、AIや機械学習による分析が可能となり、価格交渉の最適化や部品調達の判断が一元的に行えるようになった。
さらに、同社はAIエージェントを用いて、調達・保守などの業務の一部を自律化した。従来は人手で対応していた予防保全においても、温度・振動などの各種センサーデータから異常兆候を検知する仕組みを取り入れ、ダウンタイムゼロを目指している。
続いての事例は、豊田合成の中国華南新工場である。
豊田合成は、主に樹脂やゴムを扱う自動車部品メーカーだ。国内外に60の拠点を持つ。
さまざまなプロセスが混在する工場ならではの課題として、拠点内における情報の分断、業務の属人化を挙げる。工程間の情報を紙や口頭で伝達するケースもあるほか、発注管理、在庫管理、精算計画、生産指示、実績収集、出荷管理などのシステムがばらばらでモノと金のつながりも一元管理できていないという。
こうした課題を解消し、生産性倍増を果たすべく、中国華南新工場を設計したのが豊田合成 ITデジタルソリューション部 第2ソリューション室 室長 福村弘明氏だ。福村氏は、倉庫管理システム(WMS)や無人搬送車(AGV)・自律走行搬送ロボット(AMR)、さらには設備センサーなどのデータを収集し、リアルタイムに自律制御する管制塔システム「SMART TG」を構築した。
AGV・AMRとシステムの自動連携により入力ミスなどの属人的な問題を排除したほか、在庫状況や稼働状況をダッシュボードでリアルタイムに見える化したことで、突発的な問題にも対処しやすくなった。また、蓄積データを基に傾向を分析し、担当者の勘と経験への依存度も減らしている。
今後はこの取り組みをベースに適用業務範囲を広げつつ他の工場にも展開予定。中期経営計画最終年の2030年に向けて、より高度な現場最適化を進める方針だ。
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明治学院大学 経済学部准教授