自然科学系分野で10年ぶりの日本人ダブル受賞に沸いた今年のノーベル賞。唯一、日本人受賞者がいないのが経済学賞だが、将来の受賞への足がかりとなるような研究も生まれている。
自然科学系分野で10年ぶりの日本人ダブル受賞に沸いた今年のノーベル賞。唯一、日本人受賞者がいないのが経済学賞だが、将来の受賞への足がかりとなるような研究も生まれている。京都大などの研究者でつくる行動経済学と人工知能(AI)を融合させた手法によるもので、近く経済学のトップ学術誌「エコノメトリカ」に掲載される。AI活用の研究分野は今後10〜20年のうちに経済学賞の有力候補になると見込まれており、期待される。
レジ前の足跡マークに、ビルや駅の階段にある消費カロリーの表示、男性小便器に貼られた小さな的のシール…。自然と並んだり狙ったりしたくなるこうした仕掛けには、行動経済学の理論「ナッジ」という手法が用いられている。会員登録のメール配信や臓器提供の意思確認の際、初期設定で同意の選択(オプトイン)を求めずに、不同意の選択(オプトアウト)を求め、結果的に同意を得やすくすることもその一つだ。そっと背中を押すような小さなきっかけで、人々の行動を大きく変化させることから「現代の魔法」とも称され、2017年のノーベル経済学賞では受賞研究に選ばれた。
強制ではなく自ら選択できるようにしながら人々に望ましい行動を促すことで、個人と社会双方に良い結果をもたらす−という思想が根底にあり、行動経済学では「リバタリアン・パターナリズム」と呼ばれる。個人の自由を重視する考え方(リバタリアン)と、強い立場の側が弱い立場の側の利益のため、その行動に介入・干渉をする考え方(パターナリズム)を組み合わせたもので、政策に応用する取り組みも進められている。
発展形として、近年では機械学習やAIを応用して個別に最も効果的な介入を割り当てる「ポリシー・ターゲティング」という手法も登場。今回、研究成果を発表した京大大学院の依田(いだ)高典教授や米ブラウン大の北川透教授ら日米7人の国際共同研究チームは、この手法で節電行動を促す効果的な介入方法を探るため令和2年夏、日本国内の約4千世帯を対象に大規模な実験を行った。
テーマは「節電行動の最も効果的な促し方」。実験ではまず、参加世帯を(1)一切介入しない(統制群)(2)全世帯に無条件で節電量1キロワットあたり100円の報酬を提供(強制型)(3)報酬を受け取るために申請が必要(選択型)−の3グループへ無作為に分類。所得や在宅人数、節電意欲などをアンケートで把握した上で、8月下旬の1週間の節電効果のデータを集め、どのような介入方法が社会全体にもたらす利益(社会厚生)を大きくするかについて分析・評価した。
評価にあたっては、研究チームの北川氏が開発したポリシー・ターゲティングの一つ「経験厚生最大化(EWM)」という手法を使用した。AIを活用して実験データやアンケートから世帯属性に応じた最適な介入方法を導き出すもので、依田教授は「『外面的な特徴だけでは判断が難しい場合は世帯の判断にゆだねる選択型』といった個別の最適な割り当てを科学的に設計することができる」と強調。分析には米シカゴ大のスーパーコンピューターを活用した。
検証結果によると、1世帯あたりの社会厚生の増加金額は、すべての世帯で「強制型」を適用した場合は約121円、希望者のみが参加する「選択型」は約181円にとどまった。一方、AIが世帯の特性に応じて「介入なし」▽強制型▽選択型−のいずれかを割り当てる「3択のポリシー・ターゲティング」を適用した場合は約477円となり、統計的にも有意で、最も有効な効果が確認されたという。
依田教授は研究成果が「すべての世帯に同じように介入するより、世帯の特性に応じた最適なナッジを割り当てるほうが社会厚生を高める」ことを示唆していると指摘する。また、自由な選択を尊重しつつすべての人が合理的に行動を変えるわけではないことを前提とし、対象に応じて強制型と選択型を柔軟に使い分ける「介入の設計」が効果を左右する重要なカギだとしている。
今回の研究で用いたEWMの手法は「誰に、どのように使うのが最適か」という見極めが重要となる病気の治験や医薬品の開発など、医療分野にも応用が期待できるとして今後、具体化に向け研究を進める方針だ。
自然科学分野ではすでにAIの発明や活用がノーベル賞の受賞対象の研究になっているが、依田教授は「経済学でも今後10〜20年のうちにノーベル賞候補として出てくるだろう」と推測。その上でEWMは「ポリシー・ターゲティングの分野を開拓し、発展させる有望な手法の一つ」とし、日本人研究者が開発した手法が発展し、社会で活用されることを期待した。(杉侑里香)
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