絵画の傾きを皆で調整するな! 鳥瞰力で推進するリーダー - 村田製作所 楠本氏セキュリティリーダーの視座(1/3 ページ)

物流や製薬など多業界でIT推進を担ってきた、村田製作所 楠本氏は、細部への固執より、全体を俯瞰する「鳥瞰力」の重要性を説く。100点満点よりもスピード感を重視した意思決定、権限委譲やツールの断捨離を通じて、セキュリティをビジネスのアクセルへと変える組織を目指す。

» 2026年02月18日 08時00分 公開
[星原康一ITmedia]

 世界中の電子機器を支える村田製作所。そのグローバルビジネスを守るサイバーセキュリティのリーダーである楠本氏は、いわゆる「セキュリティ一筋」の技術者ではない。物流、製薬、化学と渡り歩き、「ビジネスにおけるITの価値」を問い続けてきた人物だ。

 「セキュリティ対策は常にリスクが変わるので100点満点にはならない」「メンバーから、速すぎてついていけないと言われる」――そう笑う楠本氏の言葉には、幾多の修羅場をくぐり抜けてきたリーダーならではの実践知が詰まっている。

 なぜ変化を恐れず、スピード感を保ちながら施策を推進できるのか。その原点となるエピソードと共に、現在進行形の改革について語ってもらった。



楠本 貴幸(KUSUMOTO Takayuki)

――村田製作所 情報技術企画部 シニアマネージャー

楠本貴幸

 大学卒業後、大手物流会社に入社。「重いものを運びたい」という志望とは裏腹に情報システム部へ配属され、ITキャリアをスタート。シンガポール駐在を経て、大手製薬会社へ。AWSの黎明期導入や、Microsoft本社を巻き込んだグローバル合意形成などを主導する。その後、化学メーカーを経て2024年11月より現職。グローバル規模でのセキュリティ戦略をリードしている。



「新幹線を運びたい」はずがITへ、シンガポール倉庫の盗難対策が原点

――楠本さんのキャリアのスタートは、意外なものだったそうですね。

楠本氏: ええ、実はITなんて全くやるつもりはなかったんです(笑)。学生時代は地質学や環境を学んでいて、本当は資源探査などの仕事につきたかったものの当時は募集がなく、新卒で大手物流会社に入社しました。その理由も「新幹線や橋梁のような、巨大で重いものを運びたい」という肉体的な仕事への憧れからでした。

 ところが、いわゆる「配属ガチャ」で言い渡されたのは情報システム部。当時は「情報システムって何をする所ですか?」というレベルからのスタートでした。

――楠本さんのキャリアを見るとIT活用・推進にチャレンジし続けている印象ですが、何も知らない状況から前向きになるきっかけはありましたか。

楠本氏: 最初は外部のパートナーさんの協力を仰ぎながら、育ててもらっていた感覚です。ただ、やるからにはパートナーさんに負けたくないという気持ちはありましたね。

 転機は2006年頃のシンガポール赴任です。現地法人のIT全般を見ることになり、全体が見えるようになりました。

楠本貴幸

 また、当時の現地倉庫ではサイバー攻撃以前に、「物がなくなる」という物理的なセキュリティ課題がありました。そこで、在庫管理システムを使って「どうすれば盗難を防げるか」「紛失をシステムで検知できるか」という仕組み作りに没頭しました。泥臭い現場でしたが、自分で考えてビジネスに貢献するシステムを構築したのは大きな経験でした。

シアトルでの激論、国別の思想の違いを吸収する進め方

――2社目の製薬会社では、かなり先進的な取り組みをされていました。

楠本氏: 当時の上司の影響で「ユーザ企業の情シスはビジネスを推進するためにある。データが資産である」という思想を叩き込まれました。同社は「エンタープライズHub」というアーキテクチャを構築し、当時としては珍しくデータマネジメントに重点を置いていたことで有名でした。

 先進的な取り組みを積極的にトライするという社内文化の影響から、日本で商用化されたばかりのAWS(Amazon Web Services)をいち早く評価し、製薬という規制産業でありながら、品質保証部門を説得して導入を進めました。エンタープライズ向けのAWSユーザーコミュニティ「E-JAWS」にも初期メンバーとして参加し、情報共有していました。

 コミュニケーション基盤をOffice 365(現Microsoft 365)にグローバルで統一した時のことも印象深いです。事前の話の中で合意形成に時間がかかりそうと感じたので、各国のIT代表者を米国シアトルのMicrosoft本社に集めて、数日間の合宿を行いました。綺麗なプレゼンを聞く場ではなく、膝を突き合わせた生々しい議論を交わしました。

 当時は国によってオンプレミスやGmailを使っていたりしていて、各国の運用業務が多かったんですね。欧州のメンバーからは「システムを統合すると、我々の権限や仕事がなくなるのでは」と反発する一方で、米国のメンバーは「合理的だからやろうぜ」とあっけらかんとしている。国による文化や立場の違いを肌で感じながら、最終的に「やるぞ」と合意形成を取り付けた経験は、今のグローバルマネジメントに生きています。

楠本貴幸

 その後Global ERP導入に関しても、標準的なトランザクションをグローバルで統合するなど、国をまたがった大きな取り組みが多かったですね。進め方も、日本に合わせるのではなく、欧州、米国を中心に進めることで各国の事情がわかってきたり、対応が軽いASEANからスタートすることで課題を発見したりと、学びの多い現場でした。

――当時からセキュリティは強く意識していましたか。

楠本氏: 今ほどセキュリティに厳しい風潮ではありませんが、何をするにもセキュリティは考えないといけないので、その習慣は身に付いています。特に新しいことをやっていたのであまり参考情報がなく、自分で考えて対応することが多かったです。

 また、ある欧州現地法人の代表がホワイトハッカーを自認し、厳しい意見を出してくれていたので、一般的な企業よりも意識が高かったとは思います。その方に企画段階から相談してしまうと時間がかかるので、ある程度は私が担保してから相談するかたちをとっており、それもトレーニングになっていたかもしれません。

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