検索
連載

第43回:生産性を大きく落とす、これまでの営業手法への“とらわれ”。企業の成長を左右する「営業部長」の役割マネジメント力を科学する

人口減少が進む中で、人材の確保と育成が最重要になる。その鍵を握るのが営業部長だ。

Share
Tweet
LINE
Hatena

 エグゼクティブの皆さんが活躍する際に発揮するマネジメント能力にスポットを当て、「いかなるときに、どのような力が求められるか」について明らかにしていく当連載。今回から、AI時代に難易度を増していると言われる"営業力"強化をテーマに、東京工業大学 大学院の特任教授を務め、日本で初めてMBAでの営業カリキュラムを受け持つ北澤孝太郎氏をゲストに迎え、当連載筆者の経営者JP代表・井上との対談からお届けします。(2024年5月14日(火)開催「経営者力診断スペシャルトークライブ:これからの会社の成長の鍵を握る![決定版]営業トップはこう戦え!」)

経営課題のトップ3に「営業力強化」

 MBAといえばマーケティングやファイナンス、HRなどが定番ですが、実は「営業」という最も重要な分野が欠けていたという指摘は昔からありました。今回の対談相手の北澤さんは、まさにそこに挑み、実践の知を体系化しました。もともとリクルートで営業畑を歩み、日本テレコムでは役員として営業本部長や事業本部長を歴任。その後は教育・研修の現場に転じ、数多くの企業・人材育成に携わってきました。

 そんな北澤さんの近著でも触れているテーマが、「なぜ今、営業部長なのか」。

 ソフトブレーンが2023年に「各社が抱える『経営課題』」という調査を出していますが、1位が「人材確保」、2位が「人材育成」、3位が「営業力の強化」。別の調査で、「営業課題は何ですか?」については、「新規顧客開拓」が圧倒的に1番。あとは「営業担当者のスキルアップ/育成」「営業戦略の構築」「営業担当者のモチベーション維持・向上」「営業管理職のスキルアップ/育成」「既存顧客の深耕」が上位に入っています。

 北澤さんは、こうした結果を見て「人口減少が進む中で、人材の確保と育成が最重要になる」と語り、その鍵を握るのが営業部長だと強調します。

 特にコロナ禍でベテラン層が現場から離れたこともあり、人的リソースの再構築が急務だと。ただ一方で、「課題意識がやや近視眼的に感じられる」とも指摘します。つまり、目の前のDXや効率化の波にばかり目を向けるあまり、「人をどう活かすか」という根源的な視点が薄れているというのです。

営業部長の活躍なくして企業は成り立たない

 さらに営業部門に絞ると、企業が挙げる課題の1位は「新規顧客開拓」。続いて「営業担当者のスキル育成」「営業戦略の構築」「モチベーション維持」などが上位に並びます。

 これについて北澤さんは、「これも近視眼的だ」とバッサリ。

 一見もっともらしく見える課題設定も、「それを進めるほど売れなくなる可能性がある」とまで言い切ります。課題を“項目”として並べるだけで、「では具体的にどう変わるのか?」の視点が抜け落ちている、というわけです。

 北澤さんの主張の根幹には、「営業とは“セールス”ではなく“ビジネスメイキング”だ」という考え方があります。

 「業を営む」──つまり、営業部隊だけでなく全員がビジネスメイキングを担う時代だと。

 右肩上がりの経済の中では分業が合理的でしたが、成熟・縮小局面の今は、組織のあらゆる人がビジネスを創り出す側に立たなければならない。その最前線に立つべき存在こそが営業部長だと北澤さんは強調します。

 「営業部長の活躍なくして日本企業は成り立たない」──この一言に、強い危機感が込められています。

高度経済成長期の“型”がいまだ残る

 日本企業の営業体制はいまだに高度経済成長期の発想を引きずっていると北澤さんは言います。当時は「標準化して同じように育てる」ことが重視され、営業部長は後方にいて新入社員を金太郎飴のように育てる時代でした。

 しかし今や、その構造は完全に逆効果です。

 もし自社の新入社員が営業に来たら「帰れ」と言いたくなる──北澤さんはそう笑いながら話します。買う側から見れば、力のない担当を送り込む企業には「なめられている」と感じてしまう。だからこそ、「営業部長が自らフロントに立つべき」です。

 これについては、僕自身も発注側として多くの営業プレゼンを見てきましたが、いわゆる「営業部長も同席しているプレゼン」というのは、実際には部長は後方に並び、現場リーダー2人ほどが話すだけ──そんな光景を何度も見てきました。

 後ろにずらりと並ぶ“見守り役”の管理職たちは、正直、「その人数分のコストがもったいない」と感じたこともあります。

 北澤さんも、「体質が変わっていない」と断言します。

 高度経済成長モデルの遺産そのものであり、リクルートやIBMのように“1人で行く”文化が根づいていた企業こそが例外だった、と。

営業部長の役割は「外部統合」と「知の探索」

 北澤さんは長年、「営業部長の仕事はイノベーションやビジネスの先頭に立つこと」と言い続けてきました。

 それを「外部統合」という言葉で表現し、M&Aや採用、外部との技術提携など、全ての外部連携を営業部長が主導すべきだと説いています。

 いわば『両利きの経営』(入山章栄氏)のいう「知の探索」の実践者であり、まさに今、その時代が到来しているといえます。

 北澤さんは部長時代、自らトップ層との商談に出向き、徹底した情報準備で「北澤くんに来てほしい」と言われる存在になったそうです。

 それが営業の本質。しかし今は、当時の“分業モデル”をそのまま「正解」と思い込んでいる企業が少なくありません。結果、生産性を著しく落とし、顧客からも選ばれない企業になっている──その構図を北澤さんは指摘しています。

 営業とは単なる“売る力”ではなく、“ビジネスをつくる力”そのものです。

 営業部長が先頭に立ち、組織全体を「ビジネスメイキング」へと導くこと。それが、これからの日本企業にとっての生命線なのだと思います。

著者プロフィール:井上和幸

株式会社経営者JP 代表取締役社長・CEOに

早稲田大学政治経済学部卒業後、リクルート入社。人材コンサルティング会社に転職、取締役就任。その後、現リクルートエグゼクティブエージェントのマネージングディレクターを経て、2010年に経営者JPを設立。2万名超の経営人材と対面してきた経験から、経営人材の採用・転職支援などを提供している。2021年、経営人材度を客観指標で明らかにするオリジナルのアセスメント「経営者力診断」をリリース。また、著書には、『社長になる人の条件』『ずるいマネジメント』他。「日本経済新聞」「朝日新聞」「読売新聞」「産経新聞」「日経産業新聞」「週刊東洋経済」「週刊現代」「プレジデント」フジテレビ「ホンマでっか?!TV」「WBS」その他メディア出演多数。


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る