棚橋康郎「お客様が神様なんて、とんでもない」(後編)西野弘のとことん対談(2/2 ページ)

» 2008年01月25日 09時23分 公開
[ITmedia]
前のページへ 1|2       

西野 おっしゃる通りですね。東京証券取引所のトラブルなど、まさに“囲い込み”の結果ですよね。

棚橋 大手ベンダーの人たちに聞いてみると、彼らにも言い分はあって、多くの顧客は発注能力が極めて低いと言うんです。業務要件も決められず、テストもおんぶにだっこのようだと。ユーザーとベンダーの役割分担が全然できていないと嘆くわけです。まったく同感だけど、そこで私は彼らに言いたい。そういう駄目なユーザーにしたのは貴方たちじゃないかと――。

お客様は神様ではない――発注能力下げた大手ベンダーの“囲い込み”

西野 そうです。我々に任せておけば大丈夫という意識を植え付けて、ユーザーに勉強させない。自分たちの過去のビジネスマナーに今、苦しめられているんですね。つまり、お客様を神様にして何でも請け負ってきた。

棚橋 お客様が神様なんて、とんでもない。私はシステムには「松竹梅」があると思うんですよ。社会インフラであるシステムは絶対止まってはいけない「松」です。人事・給与など社内の基幹業務は年に1-2回止まっても許される「竹」、情報発信のホームページなどは「梅」でいい。システムはそれぞれミッションが違うのだから、品質も違うはずなのに、そういう議論が行われないんです。

西野 それは日本の情報サービス産業全体の問題ですね。JISA会長として、この産業の将来をどうみられていますか。

棚橋 極めて強い危機感をもっています。情報サービス産業といいますが、私は「情報サービス製造業」だと考えていて、モノ作りなのに、品質の定義ひとつ確立されていない。出来不出来はプロジェクトマネジャーの属人性にひどく依存している。その意味ではまだ家内工業ではないか、近代工業に成長していないのではないか・・・・・・。

西野 確かに。情報サービス産業が日本経済のアキレス腱になりつつありますね。

棚橋 21世紀の基幹産業を任じるなら、それにふさわしい役割を担わなければなりません。1つはコンプライアンスの問題。昨年、メディア・リンクスという会社の架空取り引きが波紋を呼び、大手ベンダーでさえ数10億円も減額修正しました。IT業界は後暗い会計処理をしているのではないかと、世間から疑われかねない。しかも、個人情報の漏洩は頻繁。現場は残業・休日出勤当たり前で、ほとんど「下請法」「労働者派遣法」に違反しているとみられている。

西野 もはや現代版3K職場ですものね。

棚橋 魅力ある産業からは程遠いと思います。ヒトがすべての産業なのに、これでは優秀な人材は入って来ない。もう1つ痛感するのは、この業界にはマーケットがないということ。A社、B社、C社にソリューションをやらせた時、どれだけ技術の差があるのか分からない。

 健全な市場は供給者と需要家の間に“情報の対称性”があって初めて成り立つのに、ユーザーにはベンダーの情報がほとんどない。私はね、米S&Pのように勝手格付けする機関が、この業界にも必要だと思っているんです。

西野 なるほど。最後に日本の学校教育についてご指摘いただけますか。

棚橋 若い人をみて感じることは、考える力が低下しているなということです。難しい方程式を暗記していて、それが当てはまる問題は鮮やかに解くんだけど、ちょっと応用が必要になるともう解けない。

西野 知識偏重型教育の弊害ですね。考える力をつける教育をしてきていないんですよ。

棚橋 さっきの発注能力の話に戻りますが、私はユーザーに高度IT技術など求める気はないんです。それより、システムを調達する目的を明確にしてほしい。それは仕事をどう変えるか、自分の頭で考えるということです。日経BPあたりの本を読んで暗記し、分かったような気になってもらっては困ります。

西野 いや、本日はありがとうございました。ご指摘、まさに“頂門の一針”でした。

対談を終えて

 穏やかな語り口だが、内容は極めてである。上滑りなコンセプトやテクノロジーに流れがちなIT業界にあって、産業構造の弱点をこれほど正確に把握している経営者は少ない。まさに稀有の人と言える。

 対談記事は、棚橋会長の発言をすべて網羅できなかった。しかし、情報サービス産業の将来を憂う声、例えば「中国やインドの安いSEの労働力を考えると、間もなく壮大な失業者産業になる」「自動車はトヨタとホンダ、鉄は新日鉄とJFE、銀行も3大メガバンクへ集約されたのに、こんな有象無象の会社が集まった基幹産業があっていいわけない」といった指摘には、寸鉄人をさす説得力がある。

 馴れ合いを嫌う棚橋会長の発言には、鉄一筋に歩み、日本経済を支えてきたという自負、それと加藤寛ゼミで培った見識が色濃く反映されている。とりわけ、「物事には前さばきで済ませてはいけないことがある」という言葉を、情報サービス産業の未成熟さに照らして聞く時、その含蓄は深い。

 「業界からは相当変わったオジサンと思われている」と笑う棚橋会長――。直言居士であると同時に、ユーモアの人でもあった。


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ITmedia エグゼクティブのご案内

「ITmedia エグゼクティブは、上場企業および上場相当企業の課長職以上を対象とした無料の会員制サービスを中心に、経営者やリーダー層向けにさまざまな情報を発信しています。
入会いただくとメールマガジンの購読、経営に役立つ旬なテーマで開催しているセミナー、勉強会にも参加いただけます。
ぜひこの機会にお申し込みください。
入会希望の方は必要事項を記入の上申請ください。審査の上登録させていただきます。
【入会条件】上場企業および上場相当企業の課長職以上

アドバイザリーボード

根来龍之

早稲田大学商学学術院教授

根来龍之

小尾敏夫

早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授

小尾敏夫

郡山史郎

株式会社CEAFOM 代表取締役社長

郡山史郎

西野弘

株式会社プロシード 代表取締役

西野弘

森田正隆

明治学院大学 経済学部准教授

森田正隆