ITサービスのトレンドは日々進化を続けているわけだが、それを様々なITサービスベンダーが提唱する新しいコンセプトや構想からとらえるのと、実際に企業など顧客の現場で行われていることからとらえるのとでは、その様相はかなり異なってくる。
Hewlett-Packard(HP)によるElectronic Data Systems(EDS)の買収が話題になっている。これにより、HPは念願であったITサービス事業の拡大を果たすことになる。2007年におけるHPのサービス部門とEDS全社の売上の単純合計は、ITサービス事業に限ってみた場合、年間でおよそ400億ドルとなる。HPがターゲットとするIBMのGlobal Service部門は年間500億ドル以上の売上規模を持つわけだが、それと比較してもその差はかなり縮小することになり、単純な規模の比較の上ではIBMを射程にとらえたという言い方はできるだろう。
しかしながら、事業の成長性という観点から両者を比較してみた場合、その差を縮めるのはなかなか容易なことではないとも考えられる。2007年から過去数四半期の業績推移を見てみると、毎期着実に売り上げを拡大しているIBMに対して、HP、EDSはあまり売り上げが伸びておらず、営業利益ベースでの差も依然大きい。
IBMのサービス部門の成長は、必ずしも新製品や新事業によるオーガニックな側面だけでなく、むしろM&Aなどによるノンオーガニックな要因による部分が大きい。近年特に目立つ成長要因として、インド、中国、ブラジルを中心とした、いわゆるBRICs諸国におけるITサービス市場の成長の波をうまくとらえていることは、しばしば指摘されるとおりである。最近の業績説明資料ではそれら地域への取組みやその成果が毎期のように取り上げられる一方、先進国市場、とりわけ日本やドイツなど成熟市場に関する言及は、だんだんと影が薄くなってきているように思う。
地元のSIサービスやソフトウェア開発企業の買収などによる、地域別ポートフォリオでの成長は、IBMが成長を続けていることの1つの要因となっている点は否めす、それがこれまでのHPやEDSに比較した際の違いでもある。そして今回の買収劇にも象徴されるように、企業買収による業界統合が、今後5年先を見た場合のITサービス市場において、競争構造上の重要なトレンドの1つであることは言うまでもない。
一方、ITサービスの市場は、サーバやアプリケーションソフトウェア市場の様に、上位数社で市場の大半を占める構造とはいささか状況が異なる。業界トップのIBMでさえ、世界市場全体ではわずか数%のシェアを持っているに過ぎない。HPとEDSが合わさりそれに匹敵する規模の勢力が出現することで、世界的規模で業界構造の統合再編が進むと見るのは早計ではあるかもしれないが、これがITサービスにおける「規模の経済」の確立に向けた胎動と考えることは十分可能だろう。
その規模の経済をどうやって確立するかが、これからのITサービス市場のオーガニックな成長の方向性を考える上で、重要なポイントとなることは間違いない。
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明治学院大学 経済学部准教授