哀れな物語をもう1つ。某中堅企業では2週間に1回、定例部長会議が行われていた。業績に関するフォローアップ会議は別に設定されており、部長会議では諸管理数値が公表され、部長たちはトップや管理部門から厳しいフォローアップを受けることになっていた。某設計部のB部長は、自部門の管理数値が常に悪く、トップから毎回厳しいフォローアップを受けていた。
B部長はある日、自部門の課長会議で厳しい指示を出した。
「部や課は1つの経営体だ。その経営がうまく行っているか否かは管理数値に表れる。管理数値がいつも悪いと経営そのものが疑われる。オレは常に小さくなって言いたいことも言えなくなる。まず管理数値を何が何でも上げろ!」
設計部の管理数値は、主なもので出勤率、残業時間、人員、有給休暇取得率、設計完了期限順守率、設計不良率、改善提案提出件数などがあり、それぞれが予算数値との比較でフォローアップされる。B部長の指示は、それらの管理数値を本質から改善しろというのではなく、「オレの立場がないから、とにかく数値を良くしろ」という短絡的なものである。指示を受けた課長たちは、B部長の一見正しそうな理屈をもっともだと誤解した上に、B部長の迫力に押されて、管理数値のつじつま合わせに奔走することとなる。
サービス残業が増える、表面的に有給休暇を強制的に取らせて実際には働かせる、設計完了予定期限を意識的に長く設定する、設計不良を避けるため関連部門に責任を押し付けようと設計者があちこちで摩擦を起こすなどした結果、設計部門の管理数値は一時的に改善されたが、管理体制は混乱し、設計員のモラールは下がり、設計アイデアは枯渇し、実質的な設計不良は増えたのである。
最後に、本質的なアプローチをした中堅の某情報機器メーカーの模範例を紹介したい。同社はソフトウェアを含む映像情報システムも手掛けていた。ソフトウェア設計部隊は、Cリーダーを含めて3名で、ソフトウェアがトラブルを起こしたらCがいなくては対策の手が打てない状況だった。あるとき、官公庁に納めるシステムについてCが奇妙な行動を取った。納入先のシステムを取りまとめるメーカーにおいてシステムの試験運転をしている現場に密かにもぐりこんで、当社が担当したシステム部分のIC基盤を交換してきたという。
システムを管轄する新任のD取締役事業部長は直ちに手を打った。日ごろからCに依存しっ放しの体制や今回のCの逸脱行動などの背景を徹底調査したところ、ソフトウェアの情報がほとんどドキュメント化されず、Cの頭の中にあることが分かった。そこでDはソフトウェアを必ずドキュメント化することを命じた。人手不足で対応できないというので2人増員した。かねてから増員の議論はあったが、採算に合わないという理由で放置されていた。今回も多くの反対があったが、D事業部長はソフトウェア設計体制の強化を英断し、その上で受注増も狙おうと考えたのだ。
表面を糊塗したその場しのぎの経営が問題で、本質を突いた経営が必須なことは誰でも知っている。しかし現実に、A課長やB部長のような例がいかに多く、D事業部長のような例が何とも少ないことか。
増岡直二郎(ますおか なおじろう)
日立製作所、八木アンテナ、八木システムエンジニアリングを経て現在、「nao IT研究所」代表。その間経営、事業企画、製造、情報システム、営業統括、保守などの部門を経験し、IT導入にも直接かかわってきた。執筆・講演・大学非常勤講師・企業指導などで活躍中。著書に「IT導入は企業を危うくする」(洋泉社)、「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(洋泉社)。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授