最悪なことに、過去10年間、日本企業は価格競争力を向上させ利益を追求するために、人件費を悪と考えてきた。国内生産から海外生産に急速にシフト、正社員を減らし、派遣・パートの比率を一気に高めて労働分配率(付加価値額に占める人件費の割合)を下げコスト削減を図ってきた。それによって大企業は直近まで史上最高益を更新する企業が続出した。にもかかわらず生き残った正社員の平均年間収入が下がり続けている、という「奇妙な」ことをやってきた。経営陣はいつの間にか終身雇用制も否定し、利益向上のためには社員のリストラが常識、という風潮を創り出した。
それは「皆で努力しても報われない」ということにつながり、日本企業の強さであったチームワークが働かなくなり、やる気の欠如や社会不安を増長させることになってしまった。結果として大量生産・大量消費を増長させる安い商品が作り出され市場に投入されてきたが、成功につながらなかった。例えば自動車をみれば分かる通り、企業でも、個人でも必要なものがかなり充足されており「どうしても欲しい」というものがない状況になっているからだ。ただ安い、というだけではもはや通用しなくなっている。
21世紀の市場は、個人ごと、1社ごとにそれぞれの問題やニーズを解決する付加価値商品やサービスを求めているが、日本企業が労働分配率を下げてきたことで、国内市場の個人消費が進まず、付加価値の高いものを購買する意欲が高まっていない。
これからは、ゼロ金利を廃止して適度な金利による緩やかなインフレに移行して、減税や労働分配率向上策を実施、国内市場を活性化させるようにして景気を高めていく必要がある。21世紀の経営においては、米国方式の良いところは採り入れて良いが、「継続は力なり」を第一主義として、日本企業の強みである「社員のやる気、チームワーク」が高まるような企業文化が形成されていくようにしなければならない。
わたしはウサギとカメの童話に例えて「亀の歩みの戦略」で勝ち抜くことを提唱している。その考えを具体的に実践しているのが、事業創造大学院大学でわたしが主宰している「IT経営講座」である。事業創造大学院大学は、2006年に開校された事業創造をテーマにした専門大学院である。IT経営講座は、同大学院においてオープン講座として2007年度から実施して今年で3年目になる。
IT経営講座は、(1)21世紀は供給能力が強大となり需要を恒常的に上回る、(2)ブロードバンドが社会インフラとなり時間と空間を越えたビジネス変革が起こる、など「21世紀市場は20世紀と根本的に異なる」との認識を共通化することから始まる。その市場を勝ち抜く付加価値向上型のビジネス戦略を立案、それを実行するビジネスモデル革新、マネジメントモデル改革の提案・発表を、ワークショップと成功企業の事例研究を主体に行う、というやり方をとっている。全国から経営者、経営幹部が集まり研鑽に励んでいる。
次回からは、21世紀市場で勝ち抜くIT経営を具体的に解説する。
上村孝樹(かみむら たかき)
ジャーナリスト/経営・ビジネスアドバイザー
1949年新潟県生まれ。青山学院大学経済学部卒業。日本ビジネスコンサルタント(現日立情報システムズ)を経て、1980年、日経マグロウヒル(現日経BP社)に入社。81年日経コンピュータ誌創刊とともに、同誌編集部記者、同副編集長を経て、93年3月、日経情報ストラテジー編集長。95年5月から同誌発行人を兼任。98年3月にコンピュータ局主席編集委員。2003年1月、日経アドバンテージ編集長、同年3月発行人を兼任。2005年4月、日経BP社を退職し、フリーとしてジャーナリスト/コンサルティング活動開始。2004年から金沢工業大学大学院客員教授に就任。2007年から事業創造大学院大学のIT経営講座・主任教授に就任、同年年5月から「IT経営講座」を開講している。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授