――西林さんはベストセラーを数多く出しています。その秘訣を教えてください。
西林 1998年に柴田昌治さんの『なぜ会社は変われないのか』を刊行しました。企画がなかなか通らず苦労してようやくこぎ着けました。初版8000部でスタートし、最終的には22万部(文庫をあわせると28万部)売れています。翌年出した第2弾『なんとか会社を変えてやろう』は10万部を超え、第3弾『ここから会社は変わり始めた』も5万部を超えました。1998年刊の『稲盛和夫の実学』が24万部(同45万部)、2001年刊の三枝匡さんの『V字回復の経営』が13万部(同22万部)出ています。いずれも文庫化されて根強く売れ続けています。
また、会計ブームの先駆けになる本も作ってきました。1994年に一橋大学の伊藤邦雄さんの『ゼミナール現代会計入門』を出しました。いまは第7版で12万部を超えるロングセラーのスタンダードテキストに育ちました。会計、特に管理会計はマイナーで暗いイメージが強く、一般には分かりにくい分野ということでなかなか受け入れられませんでしたが、「切れば血が出る」を合い言葉に生きた会計書を提供できたことが良かったです。しかし、もちろん成功ばかりではなく、1994年に刊行した米国を見習った『実力主義の人事革新』などはタイミングが5年ぐらい早過ぎて苦戦しました。
出版労連のシンポジウムで「ベストセラーをどう生み出すか」というテーマで話す機会があり、方法論や条件などをまとめたことがありました。画期的な著者、内容、商品設計、タイミングの4点からアプローチし、第1弾が成功したら、第2弾、第3弾とロケットで展開するといったものです。しかし2007年に管理職から2年ぶりに現場復帰した今になってみると、出版を取り巻く状況が大きく変わり、時代をとらえる感性を一段と磨かないとベストセラーを出すのは難しくなったと感じています。
ベストセラー作りは大きな時代の波を早い時期につかみ、半歩先ぐらいのタイミングで出版したときに成功します。情報源、取材は人に会うのが基本です。メディアが取り上げるより、専門家、研究者のほうが3歩くらい早い情報を持っています。専門家はその情報が一般にどれほどの価値があるか見当がつかない。そこをつないでタイムリーに世に出すのがプロデューサーとしての編集者の役割です。情報を選別するゲートキーパーの機能を果たし、デレクターとして制作し、営業のチームと連携してマーケティング展開がうまくできて初めて成果を手にすることができます。
とはいっても成功には偶然の積み重ねのような物語があります。先述の『なぜ会社は変われないのか』は、社内のハードルを乗り越えるために何度も書き直しをしているうちに刊行時期が半年以上遅れました。ところが、その間に山一證券や長銀(日本長期信用銀行)が倒産するという驚天動地の大企業崩壊が雪崩のように起きました。このため「変革できなければ会社はつぶれる」という時代の空気が広がり、本のタイトルが読者の心を揺さぶる絶妙のタイミングで刊行することができたのです。
最近は本のライフサイクルが短くなり、お手軽にノウハウを身に付けるような本が流行っています。社会状況はより複雑化し、スキルとしての問題解決手法は通用しなくなっています。対症療法ですぐに結果が出るとうたう本には、裏切られる体験が積み重なって、結局は読書離れを引き起こすのではないかと感じます。たとえ答えを出すのが難しくても、価値観を揺さぶる議論を巻き起こす、骨太な本作りを目指したいと思っています。成熟した大人の市民社会の形成に少しでも役立つ本を出していきたい。そんな願いを込めた大人読本や時事法律シリーズを企画しています。
――転機となった出来事として印象に残っていることはありますか。
西林 三枝匡さんとの出会いは大きかったです。1994年に『経営パワーの危機』を出すため、その2年ほど前から付き合いが始まっています。ものすごくパワフルな方で、10万部クラスの本を出すと張り切っていたので、成功させなくてはとものすごいプレッシャーを感じました。
ちょうどそのころ組合の執行委員をやっていて、会社も節目で人事制度を変えるなど今までの古い企業体質からの転換を議論していたときでした。『経営パワーの危機』の主人公は35歳で会社を立て直す設定でした。わたしも同じ年代でしたので自分の姿に照らし合わせながら変革に取り組みました。それから三枝さんの紹介で柴田昌治さんに出会いました。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授