コンシューマー化する企業IT――SAPの共同CEOが講演

SAPは「Sapphire Now」を開催している。従来の同社のイメージとは異なり、コンシューマーITを取り入れた新たな企業ITを提唱している。

» 2010年05月19日 19時52分 公開
[怒賀新也,ITmedia]

 SAPは5月17日にから3日間にわたり、年次ユーザーイベント「Sapphire Now」をドイツ・フランクフルトと、米フロリダ州オーランドで同時開催している。18日に開催された基調講演には、オーランドから共同CEOの1人、ビル・マクダーモット氏が、フランクフルトではジム・スナベ氏が登場し、2元中継の形で来場者は2人のスピーチを聞いた。

フランクフルトで講演したジム・スナベCEO

 両CEOが強調したのは「企業ITの新たな時代の到来」。スナベCEOの「人々に注力する」という言葉が象徴的だ。SAPといえば、企業の基幹系システムを扱い、「会社の業務をソフトウェアに合わせるべき」とするERPの発想を最も重視してきたベンダーの1つ。どちらかといえば「人よりもトランザクションデータが大事」といった雰囲気があった。

 それが180度変わったかのように「人に注力」となった。だが、これもインターネットを中心としたITの拡大という技術面から見れば必然ともいえる。インターネット上にデータを置くことで、小型端末さえあれば、どこからでも、役職に関係なく誰でも社内の情報にアクセスできる。現場を含めたより多くの従業員が業務アプリケーションで必要なデータを手軽に閲覧できるという環境は、基本的にはビジネスのあるべき姿に近いといえる。現在開発中の「Business By Design」では「Facebookのインタフェースを意識」(スナベ氏)しており、誰もが使えるデザインであることを意識していることが分かる。

 一方で、そうした利用環境を実現すれば、サーバへのアクセス増による処理の遅延、データ分析におけるキャパシティの問題など、デメリットも出てくる。

 ここで、SAPの考え方に基づいて企業ITの新たな要件を整理してみると、1.誰もがあらゆる端末からアプリケーションにアクセスできること、2.高速で使い勝手の良いインタフェースであることの2点がメインになってくる。SAPの今回の取り組みは、モバイル端末からアプリケーションを閲覧できるようにするソフトウェアで広く知られるSybaseの買収、Sybaseのソフトウェアに旧Business Objects買収で獲得したインメモリ技術を取り入れることで、モバイル端末からでも大容量のデータを高速で分析できるようにすることであり、要件を満たしている。

 さらに、ビジネスアプリケーションをあらゆる端末から閲覧できるようにするのが前提なら、アプリケーション自体がインターネット上にあった方が都合が良い。そこで、クラウドコンピューティングへの取り組みである「Business ByDesign」ヘの注力という戦略が浮かび上がってくる。

 SAPは今回、Business By Designの最新版となる2.5を7月に提供すると発表。ドイツ、米国、フランス、中国、インド、英国の6カ国で発売する。特に中国市場については「規模の大きさ、成長のポテンシャルが大きい上に、中小企業が多い」と同社は分析する。中小企業の多い国では特に、Business By Designが有効という考えだ。

 SAPは「オンデバイス」「オンデマンド」「オンプレミス」という3つのキーワードを用いて戦略を来場者に説明した。「SAPのホームグラウンド」(スナベCEO)である「オンプレミス」を残しながらも、オンデバイス、オンデマンドを幾度となく強調したことは「新時代」への意識の強さを示す。

ドイツバンクのCIOも変化の必要性を強調した

 では、ユーザーはどう考えているのか。基調講演に先立ち開催されたパネルディスカッションで、ドイツのDeutsche BankのCIO、ヴォルフガング・ゲイトナー氏は「メインフレームを中心としたこれまでとは違う新しい考え方が必要」と話した。顧客サービス充実のために「イノベーティブであること」の重要性は、ドイツの中心的な銀行であったとしても変わらないと述べた。

 ゲイトナー氏は「われわれもBusiness By Designのような仕組みを理解しておかなくてはいけない」と指摘。クラウドサービスを利用することで、企業のIT部門の雇用が削減するのではないかとの質問には「クラウドを利用するにあたって人的資源の重要性は大きく、むしろ人を増やす可能性もある」とも話した。

 インターネットを軸に、多数の人々が企業アプリケーションを利用できるようにするという戦略は、携帯端末などユーザーが普段利用しているデバイスをビジネスの現場でも活用することになるため、企業IT向けデバイスがコンシューマー化することにつながる。調査会社のGartnerは、以前からエンタープライズITのコンシューマー化を「Consumerlization IT」という言葉で予測していた。

米GartnerのヘリックCIO

 そのGartnerでCIO(最高情報責任者)を務めるダルコ・ヘリック氏もこれを指摘。「企業ITの姿が変化しつつあり、IT部門の仕事の質が変わりつつある。そして、今のところ、IT部門の多くの担当者が“変化”に対応できない可能性がある」とITmedia エグゼクティブの取材に答えている。営業的視点やコミュニケーションスキルなどが十分ではないことが一例だ。

 SAPによるソフトウェアの基本的な考え方の転換は、世界における企業ITそのものの変化を予感させる。

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