こうした組織改革の中で、橘氏が核としていたのが「褒める」ことだ。例えば、物流の仕組みを変えて何万トンものCO2削減を実現した部員だけでなく、たとえ些細なことでも部員が成果を出せば大いに褒めた。
褒めるというこの動作、実は橘氏は決して昔から身に付けていたわけではない。かつて国内営業でバリバリ働いていたころは、部下を叱り飛ばしたり、怒鳴りつけたりする軍曹型のマネジメントを貫いていた。それを一変させたのが米国駐在での経験だった。
赴任してすぐに直面したのは、米国人には叱りつけて動かすようなマネジメントは通用しないということだった。「米国では幼いころから褒めて育てるという文化が根付いている。米国人社員を戦力にしたいならば、褒めてやる気を出させることが最良だと知った」と橘氏は説明する。
「他人から褒められて嬉しいのは米国人も日本人も同じ」――。褒めて人を育て、長所を伸ばすという米国流の文化は、橘氏のマネジメントスタイルに大きな影響を与えた。加えて、ちょうど同時期に米国で勤務していたソニーの役員から受けた助言、すなわち、米国人との仕事においては、決して「諦めないこと」「言い続けること」「怒らないこと」だというアドバイスも大いに役立ったという。
橘氏にとってリーダーシップとは何か。リーダーの資質について、橘氏は「ビジョン作成能力」「先見力」「改革力・変革力」「実行力・実現力」「人材育成力」「組織や人間を巻き込む力」「周囲を明るくする笑顔力」を挙げる。これらの多くは米国勤務時代に身に付けたものであり、マネジメントやリーダーシップの原点は米国での経験なくして語れないという。
こうしたキーワードからも分かるように、リーダーというと、自ら先頭に立って社員をぐいぐいけん引していく変革者という印象が強い。実際、橘氏もこのようなパワフルで目立つタイプのリーダーといえよう。ところが、橘氏は「世の中には、私のような“動”のリーダーシップだけでなく、“静”のリーダーシップというものもある」と説明する。
静のリーダーシップとは何か。「おとなしく派手さはないが、人望が厚い人物」と、橘氏は具体的なエピソードを紹介してくれた。
米国時代に橘氏の部下だった技術担当のT課長は、決して派手な存在ではなかったが、米国人の社員たちにものすごく人望があった。それは何故か。T課長は、社員から頼まれたことを素早く丁寧に対応したり、どんな無理難題でも嫌な顔ひとつせずにサポートしてあげたりした。そのように、誠実に、誠意を持って仕事をすることで、営業部やカスタマーサービス部の米国人などから信頼を得たのだった。そのT課長が異動で日本に帰国するとき、多くの米国人社員が涙を流して悲しんだ。物静かな人物だったが、非常に高いリーダーシップの持ち主だと橘氏は評価した。
「どんどん前に出ていくことだけがリーダーシップではない。たとえ控えめでも、人望があり、メンバーとの信頼関係を築き、何事にも誠実に対応することもリーダーシップなのだ」(橘氏)
企業にはさまざまなパターンの社員がいて、それぞれに得意分野がある。マネジメントにおいて重要なのは、そうした社員の特性を見極め、きちんと評価してあげるスキルがあるかどうかである。かくいう橘氏も、国内営業時代は自分に似たタイプの部下を重用しがちで、リーダーシップがあるように評価していたこともあったという。しかしその後、さまざまな部門でいろいろなタイプの部下と仕事をする中で、多様性を認め、リーダーシップに対する考え方が変わっていったのである。
目立つ人間だけがリーダーではない――。富士山を静岡県側の「表富士」から登る人の方が目立つのだが、山梨県側の「裏富士」から登る人もいる。山頂までのルートはいくつもあり、リーダーにもいろいろなタイプがいて良いのだ。大学時代にワンダーフォーゲル部でならした橘氏は、趣味の山登りに例えて説明する。
「一概に能力のあるなしで部下を判断するのではなく、各人のリーダーシップを認めて伸ばしてあげる上司でなければいけない。金太郎飴のように同じリーダーがそろうよりも、まったく異なるリーダーがいて、彼らを育てる方がより強い組織になるのだ」(橘氏)
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早稲田大学商学学術院教授
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明治学院大学 経済学部准教授