また、「感じ取る(Sensing)」は商品開発のアイデア出しだけでなく、人間関係においても非常に効果的です。以前、わたしのワークショップに参加した某大手メーカーに勤めている人の話です。その人は親会社である自社に在籍したままで、関連会社の品質管理をするという役割を担っていましたが、ある関連会社の社長との関係にとても悩んでいました。
その悩みとは、訪問した当初から、その社長の態度が冷たいばかりか、アポイントを土壇場になってキャンセルするなど、自分の仕事そのものをさせてもらえないくらいの迷惑行為を受けていることでした。本人としても何とか価値を発揮しなければならないと焦り、品質管理ができるように具体策を提示するなど、強行突破しようとしても、逆にますます関係が悪化してしまう。まさに八方ふさがりといった状況でした。
そこでわたしは「感じ取る(Sensing)」を実践するために、さまざまな問いかけを通じて自分がその社長の立場であったら見えるであろうもの、感じるであろうもの、そして、実際に取りうる言動を詳細にイメージできるようサポートしていきました。
すると、それまでには全く見えていなかった、その社長の目から見た自分の姿が見えてきたのです。「本社から来た人間が、覚悟もなく、上から偉そうに正論を言っている」「こざかしいやり方で、無理やり結果を出そうとしている」「現場には関心を寄せようとしていない」という自分の姿が見えたときに、なぜ社長が自分に冷たい態度をとるのかという謎が解けていきました。今まで問題だと思い悩んでいた社長の言動は、実は自分が引き起こしていたのです。
その社長の目玉から自分が見えた時、嵐のように渦巻いていた彼への批判の気持ちは消え、自分から変わらなければいけないという覚悟が生まれてきたそうです。「明日から、その会社にとにかく足しげく通う」ことを約束してワークショップは終了しました。
後日、また会う機会があったので状況を聞いたところ、その後、週に何度もその会社に通うことから始め、まずは自分が出来ることからやろうということで現場のゴミ拾いから始めたそうです。その覚悟が届いたのでしょうか。社長も心を開いてくれるようになり、今では社長が困った時に一番初めに相談される右腕として活躍しています。
このように高いパフォーマンスを発揮するためにも、また、周囲とより良い人間関係を築くためにも効果的な「感じ取る(Sensing)」ですが、社会的な動向からもその必要性はますます高まっています。われわれが現在直面している問題の多くはさまざまな立場や利害が絡んでおり、特定の立場や一人の人間のリーダーシップだけで解決することが難しくなってきています。
例えば組織という限られた状況を考えてみましょう。昔から部門や役職の違いはありましたが、現在は個の多様性も高まっています。正社員ではない非正規雇用のメンバー、小さな子どもを育てながら働いているシングルマザー、親の介護をしているミドルマネジャー、海外支社など遠隔地で働く社員、今後は外国人労働者などもますます増えていくでしょう。
こうした多様な立場は、「自分の気持ちを分かってもらえていない」というフラストレーションとして組織の中に充満し、仕事へのコミットメントを奪い、パフォーマンスを引き下げて行きます。
組織として成果を生み出していくためには、自分が体験したことのない立場にある人達の「目玉」を取り入れ、「感じ取る(Sensing)」範囲を全社的に拡げて行くことがますます必要となるでしょう。
中土井 僚
オーセンティックワークス株式会社 代表取締役。
社団法人プレゼンシングインスティテュートコミュニティジャパン理事。書籍「U理論」の翻訳者であり、日本での第一人者でもある。「関係性から未来は生まれる」をテーマに、関係性危機を機会として集団内省を促し、組織の進化と事業転換を支援する事業を行っている。アンダーセンコンサルティング(現:アクセンチュア株式会社)他2社を通じてビジネスプロセスリエンジニアリング、組織変革、人材開発領域におけるコンサルティング事業に携わり2005年に独立。約10年に渡り3000時間以上のパーソナル・ライフ・コーチ、ワークショップリーダーとしての活動を行うと共に、一部上場企業を中心にU理論をベースにしたエグゼクティブ・コーチング、組織変革実績を持つ。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授