「出現する未来」を実現する7つのステップ――感じ取る:Sensing(前編)U理論が導くイノベーションへの道(1/2 ページ)

現在直面している問題の多くはさまざまな立場や利害が絡んでおり、複雑になっている。周囲とより良い人間関係を築くことが、月並みな成果を出す人と卓越した成果を出す人の分かれ道になる。

» 2012年11月13日 08時00分 公開
[中土井 僚(オーセンティックワークス),ITmedia]
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 「U理論」とはマサチューセッツ工科大学 スローン校 経営学部上級講師であるC・オットー・シャーマー博士が提唱している過去の延長線ではない、全く新しい可能性の未来を創発するイノベーションの理論です。

 イノベーションをもたらすプロセスを「U理論」では「行動の源(ソース)を転換するプロセス」「出現する未来を迎え入れるプロセス」「その出現する未来を具現化、実体化するプロセス」のという3つに大別しています。さらに、その3つのプロセスを7つのステップに詳細化しています。7つのステップの概要は第2回目のコラムにて詳しく紹介しています。

 それでは、これより、「行動の源(ソース)を転換するプロセス」の一部であり、「出現する未来」を実現する7つのステップの3番目である、「感じ取る(Sensing)」を紹介します。

「自分の中に他人の目玉が増える」

 以前、心理学を長年学んでいる人から「心理学における成長とは、自分の中に他人の目玉が増えることだ」という話を聞いたことがありました。当時もそれなりに感銘は受けたのですが、今から思うとそれは正に今回伝える「感じ取る(Sensing)」に通じるものだったのではないかと思います。

 「親になって初めて、親の気持ちが分かった」「部下を持って、あの時に上司が言っていたことがよく分かった」という表現をすることがありますが、普段われわれは自分とは違う立場の人の考えや気持ちはなんとなく頭では理解できても、その立場に実際になってみるまでなかなかピンとは来ないということが多いかと思います。この頭ではなく、「○○さんの気持ちが分かった」という実感を伴う感覚が、「自分の中に他人の目玉が増える」ということです。

 頭で分かった時と比べて、「他人の目玉が増える」と確かに相手の言わんとすることが全部聞かなくても分かったり、ちょっとした気配りの幅が増えたりします。もっと言えば、他人を受け入れられる度量も大きくなっているのではないでしょうか。その意味で「他人の目玉が増える」ことが人としての成長という考えはうなずけます。一方、気が利かないと言われてしまう場合のほとんどは「自分の目玉」しかなく、「他人の目玉」が乏しいケースが多いものと思われます。

 U理論では「感じ取る(Sensing)」のことを「場から感じ取る」という表現で説明しているのですが、ある状況や環境の中に存在するさまざまな目玉が自分の中に生まれ、その目玉を通してまるで自分が体験しているかのように状況を感じられている状態だと言ってよいかと思います。また、さまざまな目玉というのは、他人だけでなく、自分がまだ経験していない未来の自分の目玉も含まれます。

 「こんな不摂生な生活を送っていたら、いつ病気になってもおかしくないよな」と他人事のように笑い飛ばしていたものの、健康診断を受けてポリープが見つかった途端に青ざめるというのは、よくある話ですが、それは大病をするかもしれない未来の自分の目玉から今の自分が見えた瞬間と言えます。

トップパフォーマーの秘密

 「感じ取る(Sensing)」という言葉にするとあまり大したことのないように聞こえるかもしれませんが、わたしは「感じ取る(Sensing)」を実践するかどうかが月並みな成果を出す人と卓越した成果を出す人の分かれ道になると実感しています。

 U理論を人前で紹介し始めた3年ほど前に、ある人の名前を数名から聞きました。その人が言っていることとU理論のプロセスが似ているというのです。その人はくらたまなぶさんでした。くらたまなぶさんは、リクルートでとらばーゆ、フロム・エー、じゃらん、エイビーロードなどの数々のヒット事業を手がけ創刊男と呼ばれています。著書「MBAコースでは教えない「創刊男」の仕事術」(日本経済新聞社)にとても面白い企画術が書かれていますので、ここで紹介します。

 くらたまなぶさんは新規事業の企画を立てる際に、まずは消費者を自分の中に取り込んで行くためのヒアリングや疑似体験を大切にしているそうです。旅行雑誌であるエイビーロードが創刊されるわずか一カ月前に編集長に就任した時の話としてこのようなエピソードが紹介されていました。創刊号が片づいた直後に、2号に向けて、雑誌のコンセプトを整理して再確認するために、実際にヨーロッパへの旅行を検討している消費者になりきって都心を歩き回ったそうです。

 当時はインターネットもなく、旅行会社も都心に集中しているのでまずは地下鉄虎ノ門駅で降りて、外堀通りを歩く。全ての旅行会社のパンフレットを立ち読みする。見繕って脇にかかえる。ヨーロッパ全体の分厚いものもあれば、都市ごとの薄いものもある。どんどんパンフレットは増えていく。そのような実体験をしていくと、色々なものが見えてきます。

 午前中だけですごい重量のパンフレットになり、紙袋を右手と左手で時々持ち替える。お昼にはくたくたになっている。休憩しながら目を通すと、同じ行程なのに3万円から5万円も違うツアーがある。旅行会社に値段さの理由を聞いてみると曖昧な返事しか返ってこないので腹が立ってくる。そして、「海外旅行は、自宅でゆっくり、自分でくらべて選びたいもんだよな」という旅行者の強い気持ちが実感を伴って浮き彫りになってきたそうです。

 くらたまなぶさんのこのような取り組みは、正に「他人の目玉」、この場合だと「海外旅行を検討している人の目玉」を自分の中に増やし、その目から今の状況を見ていく「感じ取る(Sensing)」であると思います。

 海外旅行を検討する際に旅行会社を何件回るのかということや、検討にどのぐらいの時間をかけるのかということはアンケートなどのデータでも知ることはできたかもしれません。しかし、実際に海外旅行を検討する経験をし、「海外旅行は、自宅でゆっくり、自分でくらべて選びたいもんだよな」という旅行者の強い気持ちを自らが実感したからこそ、その体験や気持ちに基づいたリアルなアイデアや発想が次々と湧いてきたのではないでしょうか。

 くらたまなぶさんは「消費者になる」「消費者に染まる」という表現をしているのですが、ヒアリングした人の絵をA4用紙に書き、その人たちが言葉にしたリアルな声をフキダシに書き落とし、紙面上でしゃべらせる作業をひたすらやるなど「感じ取る(Sensing)」を徹底的に行うためのさまざまな取り組みをしていることが書籍の中で紹介されています。興味がある方はぜひ読んでみてください。

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