事業イノベーションの実践と具体的アプローチ方法についてイノベーションの努力は、なぜ報われないのか?(2/2 ページ)

» 2013年10月28日 08時00分 公開
[河野龍太(インサイトリンク),ITmedia]
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未来シナリオを可視化し、事業イノベーションの構想に反映する

 ビジネスモデル・キャンバスを他の戦略フレームワークと組み合わせることも効果的である。ビジネスモデルをデザインするには、事業の外部環境を視野を広げて十分に捉えておかなければならない。例えば、ビジネスを取り巻く外部環境を検討するフレームワークであるPESTと組み合わせて用い、政治、経済、市場や顧客、社会的価値観やライフスタイル、テクノロジーなどの変化を予測しビジネスモデルのデザインのインプットにすると重要な構想を得る上で役に立つ。

 世の中には膨大な情報があるので、トレンドを分析する際には要素を詰め込みすぎてもいけない。今後5〜10年のうちにわれわれの業界に大きな影響を与える重要なトレンドは何かを問い、仮説思考を働かせるとよいだろう。変化の兆しを見逃さないためには、意外なこと、驚き、異変、差異に着目することも大切だ。

 例えば直近1年間を振り返って、政治、経済、ビジネス、テクノロジー、社会、文化などの分野において、驚いたこと、予想していなかったこと、当惑したことなどを洗い出してみると、重要な変化に対して敏感になれる。複数の現象に共通する根本的要因を考察することも重要な示唆を与えてくれる。一見関係のないものも含め複数のトレンドをドライブする根っこには何があるのか、隠された共通の原因を探り出すことで、これから起きる変化の本質が見えてくる。

イノベーターの発想技法を取り入れる

 ハーバード大学が行ったイノベーターの研究によると、イノベーターは互いに関係の無い要素を結びつけて意外なアイデアを生み出す「関連づける思考力」が普通の人に比べて傑出して優れているという。筆者は、事業イノベーターを養成するためのワークショップをスクール形式で定期的に開催しているが、こうした関連づける思考力は、日頃から意外な結びつきを生み出すような訓練を行うことで向上させることができる。実際、ビジネスモデル・キャンバスを使って事業イノベーションの構想を練る際にも、既存の枠にとらわれずにさまざまなアイデアの組み合わせを検討することで、新しいイノベーションの着想が生まれてくることが多い。

 大量で質の高いアイデアを効率的に得るためには、いろいろな発想技法も取り入れてチームで発想するとよい。1人だと出てきにくいアイデアもファシリテーターの助けや発想技法も活用することで短期間でも多数の面白いアイデアを得ることができる。ビジュアルを活用するのも効果的だ。例えば、ビジネスモデル・キャンバスにイラストを加えるとメンバーの発想力が刺激され新しいアイデアが生まれたり議論が活発になる。

企業理念や哲学がイノベーションを支える

 イノベーションの実現に欠かせないのが、社員の高い意欲とコミットメントである。さらに、社員の巻き込みだけにとどまらず、顧客や社会の共感と応援を引き出して、イノベーションの推進力にすることも重要だ。顧客や社会を味方につけられれば、ソーシャルネットワークなどを通じてより多くの人へ共感が広がり、事業の浸透と成功に強力な後押しを与えてくれるからだ。

 こうした社内、社外のステークホルダーの巻き込みを実現する上でカギとなるのが、企業理念や哲学である。優れた企業理念や哲学は、何のためにそれを行うのかという事業の目的を明確にし、社員が自ら積極的に挑戦したいと思うに足る価値を示す。その結果、イノベーションに欠かせない社員の高い意欲とコミットメントを引き出す。さらに、企業の志しを顧客や社会に対して伝達し、世の中の共感と応援を生んでくれる。例えば、グーグルはユニークな企業理念を社内、社外に向けて発信することで、社員、顧客、社会を惹きつけ、イノベーションのエンジンにしている。

 事業の目的が問われる時代である。ソーシャルメディアが発達し、企業の一挙手一投足が見られている。何を売っているのかだけでなく、何を考えているのかまでも評価されている。いくらモノが優れていても、考えがお粗末であれば、容赦ない批判を受けてしまう。世の中がすごいスピードで変化する中で、事業を営む側もつい目先のことに惑わされがちである。ゆるぎない軸を与えてくれる理念や哲学を持つ重要性は、いっそう増している。

 イノベーションを目指す企業は、自社の企業理念や事業の目的をあらためて点検すべきだろう。事業の目的は何か。自社の利得だけでなく、社会をよりよくするために何を目指すのか。社会におけるどんな問題を解決するのか。これらの問いに対して、自らの企業理念が明確な指針を与えてくれないようであれば、見直しもためらうべきでない。社員のみならず顧客や社会も共感させることのできる高い志や理念をもつ企業は、社員のモチベーションが高く、顧客や社会の後押しも得られる。一見回り道のようでも、事業の目的や理念を明確にすることで、イノベーションと中長期的発展にとって欠かせない基軸を得られるだろう。

まとめ

 ビジネスモデル・キャンバスを中心に事業イノベーションの実践について具体的なアプローチを紹介した。既存のビジネスモデルの強化や将来の収益の柱となる新事業を構想することは、業種業界を問わず必須の課題となっている。開発プロセスに関しては必要に応じて専門家の助けも借りて取り組んでいくとよいだろう。

 事業イノベーションの成否は、実践的な方法論に加えて、それらをビジネスの現場で実行に落とし込むためのリーダーシップとコミットメントにかかっている。社員の高いモチベーションを引き出し顧客や社会も味方に引き込んでいくには、理念や哲学、事業の目的がカギとなる。外部にメッセージとして伝えるに足りる価値や内容が曖昧であれば、企業理念の見直しも考えてみるべきだろう。優れた企業理念は、社内と社外のコミットメントとサポートを引き出しイノベーションの大きな推進力と支えとなるからだ。

 イノベーションの取り組みには終わりがなく不断の継続が必要である。最終的には、イノベーションを組織の習わしにするリーダーシップを生むためのマネジメントの仕組みや組織文化を育てることが重要となる。

<参考>

  • 「ビジネスモデル・ジェネレーション」アレックス・オスターワルダ 他著
  • 「利益や売上ばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのか」紺野登著
  • 「ビジネスモデルのグランドデザイン」川上昌直氏著(リーボックの事例について)

著者プロフィール

河野 龍太

株式会社インサイトリンク代表取締役社長

早稲田大学法学部卒業。英国ウォーリック経営大学院(Warwick Business School)にてMBA 取得。博報堂、博報堂ブランドコンサルティング、ITベンチャー数社の経営参画を経て、マーケティングのイノベーションを支援する株式会社インサイトリンクを設立。博報堂DY ホールディングスにて顧問も務める(2006年〜2008年)。現在ビジジネスコーチ株式会社のパートナーコーチも務め、企業のマネジメント層に対してエグゼクティブコーチングも実施している。BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ。



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