戦略とデザインで実現するサステナビリティ

ビジネスにおけるサステナビリティを実現するためには、社会課題やサプライチェーン全体を考慮した経営戦略と、エンドユーザーへの理解やお客さま目線でのコミュニケーションデザインの両軸をしっかりと考える必要がある。

» 2021年09月13日 07時06分 公開
[Roland BergerITmedia]
Roland Berger

 ビジネスにおけるサステナビリティを実現するためには、社会課題やサプライチェーン全体を考慮した経営戦略と、エンドユーザーへの理解やお客さま目線でのコミュニケーションデザインの両軸をしっかりと考える必要がある。

 この両立を図るため、日本では珍しく戦略コンサルとデザインコンサルがタッグを組み、大手アパレル企業のアダストリアの新しいサステナビリティブランド「O0u(オーゼロユー)」を立ち上げた。このプロセスを通して、日本におけるこれからのビジネスとサステナブルの両立について、KESIKI Partner, Design Innovationの石川俊祐氏とローランド・ベルガー パートナーの福田稔氏が語る。

ビジネスとサステナビリティを統合する意識改革

福田 「サステナビリティ」という言葉は、企業やビジネスシーンでも必須のワードになりましたが、日本の企業はまだ「CSR」の延長として捉えているところも少なくないです。CSRの予算内でエコな取り組みをしながら、事業活動では成長ありきでCO2の排出量がむしろ増えている。CSRと事業が断絶しています。そうではなく、事業が成長するほど、環境負荷を減らせるように両者をリンクさせる方が本質的です。例えば、アディダスは近年、海洋プラスチック廃棄物を使った商品開発を進めていますが、これは事業がうまくいけばいくほど、海洋プラごみが減り環境がよくなる、そして売上も上がる。まさに三方よしのビジネスモデルです。

石川 海外企業の方が合理的、かつ、ビジョナリーにサステナビリティに関わっていますよね。日本では、建前と本当にやるべきことが乖離してしまっているように感じます。まだ消費者のマインドが追いついていないのと、企業側がブランドとして価値化して伝えきるところまでやりきれていない。だから、サステナビリティをきちんと消費者に価値あるものとして伝えられるか、どう位置付けて浸透させていくか、という部分をしっかり設計しなければいけません。

KESIKI Partner, Design Innovation 石川俊祐氏(左)とローランド・ベルガー パートナー 福田稔氏

福田 日本の企業経営者は、まだ「経済成長」にばかり主眼を置いて「倫理的な視点」が欠けている人も多い。ただ、企業も消費者も、コロナでやはり大きく変わり始めた。企業の中の人も、以前は一部の意識高い人しか関心がなかったですが、今は多くの方の意識にサステナビリティが浸透しつつあります。

石川 「O0u」立ち上げのときにも、インナーコミュニケーションは自然とやっていました。母体は大きな会社ですが、ブランドを担うメンバー全員が、ブランドをやる意義や意志がなければ、消費者にも大切なことが伝わらない。

福田 そうですよね。人材育成はローランド・ベルガーでもリクエストの多い項目ですが、KESIKIさんとは少しアプローチが違うかもしれません。私は、今回ブランドを立ち上げるにあたって、どういう方向性のブランドにするかというところから入り、サステナビリティの勉強会や、消費者調査やインタビューによる啓蒙を行いました。最初からサステナビリティをコンセプトにすることが決まっていたわけではありません。皆が納得する方向性を決めるためには、一定の知識や情報のインプットが必要です。

石川 そうだったんですね。KESIKIは、その方向性が決まった後、プロジェクトにジョインしました。ただ、そこからブランドを結晶化していく過程でも、正解を提案するのではなく、そのプロセス自体を一緒に進めていった。アダストリアのプロジェクトメンバー一人一人が自分の頭で考え、納得しながらブランドコンセプトを練り上げていくことは、今後事業を営む上で、意志を持ちながら新しい発想を生み出し続けるためのOJTのような意味合いもありました。

戦略からデザインへ引き渡される信頼

福田 当初の戦略コンセプトは、いわゆる「問題解決型」のアプローチにより生み出されました。こういう社会課題やニーズがあるので、こういったソリューションを実行しましょうというもの。ただ、BtoCビジネスでは、エンドユーザーにまで価値を伝えなければ事業は成り立ちません。そこで、KESIKIさんにジョインしてもらい、デザイン思考のアプローチで、世の中への提案の仕方を考えていきました。

石川 世の中の大きな潮流から組み立てられていた論理を、目の前のお客さんにどう伝えるのかという部分でリフレーミングしていきました。形に落としたときに、見た目としてどう表現されるのか、どういうものとして認知されるのか、どんな言葉の組み合わせだと伝わるのか、ということを設計しました。

福田 「事業とサステナビリティの両立」という重要な戦略コンセプトは保ちつつ、例えばそれらを「インクルージョン」といったキーワードに翻訳してもらったり。また、ブランド名を決めるまでのプロセスも、インクルージョンを記号的に表すといった新しい手法に挑戦したり。

石川 うまく役割分担できていたなと思います。通常だと、経済性や数字で考えるとA、デザインで考えるとB、といったように分かりやすく衝突してしまうケースもある。そういう意味では、福田さんたちがわれわれをすごく信頼していただいていたような気がします。コラボレーションの作法として、信頼関係がマストだなと思いました。

福田 私ももともとダブルスクールでデザインを学んでいたこともあり、デザインへの理解があったという部分もあるかもしれません。日本では、デザインがまだ勘違いされているところがありますよね。決してアートではなく、論理的にソリューションを出している。

石川 そうなんです。欧米の多くの国では、デザイナーが、専門知識のあるプロフェッショナルとして存在している。「デザイン思考」が広まってきたこともあり、日本でも今後は認識が変わっていくのではないかと思っています。

社会の意識を変えていくデザイン

福田 デザイン的な考え方が、もっと一般の生活者にも浸透していくといいですよね。自分や相手を観察し、そこから物事の解決方法を考えることができれば、人が言っていることをうのみにして、極端な議論や炎上が起こることも少なくなるのではと思います。

石川 KESIKIでも、多摩美術大学の社会人向けデザイン思考プログラムをご一緒させてもらっていたりと、教育には力を入れていきたいと考えています。自分で違和感を捉える力を復活させる、というのがまず第一歩。自分はどう感じているかという感度が弱っているから、周りの空気や情報に流されてしまう。

福田 サステナビリティへの意識も同じ。自分たちの日常生活がサステナブルなのかということを、コロナや異常気象、働き方など、自分の身の回りから感じ取って、観察するところから、はじめて自分ごと化されていくのだろうと思います。

石川 世の中を観察したときに、このままでは自分の日常が危ういという「気付き」をきちんと扱わなければいけない。それを生活者としてだけではなく、仕事をしている人であれば、企業やビジネス上の大事な課題として取り上げるというところまで持っていく必要がある。

福田 コミュニケーションやブランドデザインだけではなく、企業全体のビジネスデザインを変えていかないと10年後の日本企業が心配。そういうところで、戦略コンサルとデザインコンサルの両軸が生きてきそうです。

石川 そうですね。今回の「O0u」の立ち上げのように、象徴的なプロジェクトの成功体験は、企業が舵を切るための自信にもなっていきます。会社そのもののデザインをするというところで、今後もタッグを組んでいけるといいですね。

プロフィール

石川俊祐

KESIKI INC. Partner, Design Innovation

1977年生まれ。英Central Saint Martinsを卒業。Panasonicデザイン社、英PDDなどを経て、IDEO Tokyoの立ち上げに参画。Design Directorとしてイノベーション事業を多数手掛ける。BCG Digital VenturesにてHeadof Designを務めたのち、2019年、KESIKI設立。多摩美術大学TCL特任准教授・プログラムディレクター、NTT communications KOELクリエイティブ・アドバイザー、D&ADやGOOD DESIGN AWARDの審査委員なども務める。Forbes Japan「世界を変えるデザイナー39」選出。著書に『HELLO,DESIGN 日本人とデザイン』。


プロフィール

福田稔

ローランド・ベルガー パートナー

1978年生まれ。慶應義塾大学卒、欧州IESE経営大学院MBA、米国ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院MBA EXCHANGE修了。電通国際情報サービス(ISID)を経て現職。アパレル、ラグジュアリー、化粧品、小売り、ネットサービス等のライフスタイル領域を中心に、グローバル戦略、D2C戦略、サステナビリティ推進等の立案・実行に豊富な経験を持つ。シタテルやIMCFの社外取締役を務めるなど、業界の革新を促すスタートアップに対する支援も行う。著書に「2030年アパレルの未来 日本企業が半分になる日」(東洋経済新報社)、共著「2030年ビジネスの未来地図」(PHP研究所)


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