もう1つ、「実現」もDXならではになる。必要なのは、あらかじめ詳細に描き出し確定させた計画を鉄のおきてのように守り抜いて実行するマネジメントなどではない。いかに仮説検証を行っていたとしても、構想が現実の形になっていく段階において「実現に伴う学び」が得られる。やってみて分かることがあるということだ。そこで、計画に現状をあわせようとするのがこれまでの最適化だ。そうではなく、やってみて分かったのだから、計画の方を現状にあわせる。これがDXにおいて必要な「実現」のスタンスだ。
やってみて分かるというプロセスを集団で、チームで行うにはどうすれば良いか。こうした知見はすでにソフトウェア開発の文脈で存在している。それが、2001年以降着目され、試行を繰り返してきたアジャイル開発なのだ。もちろん「開発」の知見をそのまま組織運営や開発以外の施策に適用するのは難しいところがある。適宜文脈に応じた適応が必要となるが、先行してアジャイルに取り組んできたことでソフトウェア開発にはかなりの知見がすでに存在している。生かさない手はない。
さて、構想と実現の両者が役割として分けられているように、そもそも両方のケイパビリティを1人の人でが会得していくのは困難だ。片側だけの活動をものにするのでも相当な時間を要する。それぞれの実践でも難しいのに、仮説検証とアジャイルの両者を器用に乗りこなす人材など実在するのかと思うかもしれない。
それゆえに、まず両者を「チーム」で担保することを目指したい。仮説検証を担う役割、アジャイルな進行を担う役割、両者を同一の人材ではなくチームとして構成する。こうした取り組みもまたソフトウェア開発の文脈では先行している。特に、筆者は仮説検証とアジャイルの連動を「仮説検証型アジャイル(開発)」と呼び、長らくその実践と普及に務めて来ている。この内容については「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」第6章「仮説検証とアジャイル開発」にて詳しく説明している。
両者を同時にものにするのは難しいと述べた。だが、さらに仮説として私が置いているのは、難しくなるのは「これまでの在り方や方法」に熟達してしまっているからではないかということだ。計画駆動から仮説検証、アジャイルへと転換させるところはパラダイム・シフトに近く、難易度をさらに上げることは間違いない。
つまり、そうした前提がなければ「両利き」へのハードルも下がるのではないか。最適化が前提となっている人材ではなく、真新しく組織に入ってくるデジタルが前提のネイティブ人材にとってはどうか。制約自体を知らない、慣れていないからこそ、新たなスタンスを手に入れるのは相対的には容易かもしれない。
もちろん、スキル習得の「交通渋滞」が起きてしまわないように、何をどう身につけていくかという段階の設計が必要だ。個々人の状態を踏まえて、何をどう学び、どのような状態となっているかを組織として関心を寄せるようにする。こうしたマネジメントのために具体的には「星取表」や「OKR」「1on1」というプラクティスが存在する。本稿ではその詳細までは扱わない、これらも書籍「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」や類書にあたってもらいたい。
前提に縛られた者たちが考える「構想」によって、ネイティブ人材の両利き「実現」を邪魔するようなことがあってはならない。人材育成も、構想と実現のボレーによって、自組織にあった道筋を見つけにいこう。
株式会社レッドジャーニー 代表 / 元政府CIO補佐官 / DevLOVE オーガナイザー
大学卒業後、プログラマーとしてキャリアをスタートする。国内大手SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサーやアジャイル開発の実践を経て独立。現在は日本のデジタルトランスフォーメーションを推進するレッドジャーニーの代表として、大企業や国、地方企業のDX支援に取り組む。新規事業の創出や組織変革などに伴走し、ともにつくり、課題を乗り越え続けている。訳書に「リーン開発の現場」、おもな著書に「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」「チーム・ジャーニー」「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」がある。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授