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» 2021年03月16日 08時00分 公開

デジタルでヘルスケアのトップイノベーターを目指す――中外製薬 執行役員 デジタル・IT統轄部門長 志済聡子氏デジタル変革の旗手たち(1/2 ページ)

関東大震災を目の当たりにした上野十藏が、「世の中の役に立つくすりをつくる」という使命感から1925年に創業した中外新薬商会。世界が未知の感染症に対する医薬品を希求した2020年、中外製薬はさらなる創薬力の強化に向けたDX戦略を発表した。ITmedia エグゼクティブ エグゼクティブプロデューサーの浅井英二が話を聞いた。

[聞き手:浅井英二、文:山下竜大,ITmedia]
中外製薬 執行役員 デジタル・IT統轄部門長の志済聡子氏

 革新的な医薬品とサービスの提供を通じて新しい価値を創造し、世界の医療と人々の健康に貢献することを目指す中外製薬では、2030年に向けた新成長戦略「TOP I 2030」を策定。「世界最高水準の創薬の実現」と「先進的事業モデルの構築」を2つの柱とし、「創薬」「開発」「製薬」「Value Delivery」「成長基盤」の5つの改革を着実に実行し、イノベーションによる社会の発展と自社の成長を追求している。

 新たな成長戦略のキードライバーの1つがデジタルトランスフォーメーション(DX)だ。「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」に基づくDXを推進し、「デジタルを活用した革新的新薬の創出」「すべてのバリューチェーンの効率化」「デジタル基盤の強化」に注力することで、中外製薬のビジネスを革新し、社会を変えるヘルスケアソリューションを提供するトップイノベーターを目指している。中外製薬のDX戦略をけん引する執行役員 デジタル・IT統轄部門長の志済聡子氏に話を聞いた。

中外製薬「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」の3つの基本戦略

大きな変革期を迎えたヘルスケア産業

 新薬は、研究・開発から、いくつかの臨床試験を経て、その結果をもとに当局に申請を行い、認可されれば市場に投入される。しかし現在、新薬の開発そのものが極めて難しい状況だ。新薬開発のプロセスは、十数年かかることが理由の1つ。研究、開発された新薬が、十数年経てばすべて市場に投入できるわけでもなく、市場に出るのは全体の0.004%にすぎない。加えて、研究開発費も膨大で、新薬を1つ成功させるために、失敗のコストを含め1000億円以上かかることも新薬の開発を難しくしている。

 しかも時間とコストをかけて市場投入した新薬も、ある一定期間が過ぎて特許が切れると、同じ有効成分、同じ効能で、かつ低価格なジェネリック医薬品が競合となる。そのため、常に新薬を生み出し続けることが必要であり、投資力と開発力を兼ね備えている製薬企業でなければ市場で生き残れない。

 「ヘルスケア産業は、大きな変革期を迎えています。薬を投与して病気を治すだけでなく、診療のオンライン化やデジタル治療など、業界全体が変化し、規制も緩和され、いろいろなプレーヤーが登場しています。変化の中で自分たちの得意分野を生かし、治療だけでなく、予防や治療後のQoLなども含めて患者中心の医療の実現を目指したトランスフォーメーションが業界全体で加速しています」(志済氏)

 中外製薬は、2001年12月にスイスの製薬企業であるロシュと戦略的アライアンスを締結し、2002年10月よりロシュグループの一員となりつつ自主独立経営を行う新しいビジネスモデルを展開。現在、ロシュグループの重要メンバーとして、自社創製の革新的新薬を世界に送り出すとともに、ロシュグループのポートフォリオの日本市場における展開を担っている。変化の激しいビジネス環境に迅速かつ柔軟に対応するために、中外製薬はデジタルを活用し、革新的新薬創出の加速と社会を変えるヘルスケアソリューションの提供を目指している。

DXの推進による真の個別化医療の実現

 デジタル技術を活用した革新的な新薬創出では、「AIなどの先端技術の活用による創薬の成功確率向上」「ウェアラブルデバイスなどで取得した生体データに基づく新たな価値の提供」「ゲノムデータやリアルワールドデータの解析による臨床開発プロセスの刷新」という3つの取り組みにより、真の個別化医療の実現を目指している。

 「当社は抗体医薬品に特に強みを有していますが、抗体はアミノ酸の組み合わせにより新薬の種ができ、その組み合わせは何十万通りとあります。その中で最適な組み合わせを見つけ出す支援を、機械学習やDeep Learningなどの先進的なAI技術に期待しています。これにより、創薬にかかる期間の短縮やコストの削減、成功確率の向上が期待できます」(志済氏)

 画像解析や論文の検索などもAIの得意な分野の1つ。例えば、新しい抗がん剤の効果を画像で判定するとき、効果が認められた部位やがん細胞の状態の変化などは、顕微鏡を使って人間の眼で見るよりもAIで解析する方が効率的である。また、研究者が論文から自らの仮説を検討する場合も、キーワード検索よりAIを活用した方が生産性は圧倒的に高い。例えば関連する論文を可視化して、俯瞰的に捉えることもできる。

 また最近のトレンドとしては、ウェアラブルデバイスなどのデジタル技術を使って取得した患者の生体データに基づいて、医師が適切な診断をしたり、最適な薬を投与したりするデジタルバイオマーカーと呼ばれる新たな価値の提供も注目されはじめている。

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