経営、テクノロジー、政治など、さまざまな分野から注目を集める言葉「ウェルビーイング」という概念で変わるビジネスについて、『ウェルビーイングビジネスの教科書』などの著書を持つ藤田康人氏が話した。
ライブ配信で開催されているITmedia エグゼクティブ勉強会に、マーケティング・カンパニー「インテグレート」の代表取締役CEOである藤田康人氏が登場。『新しい潮流「ウェルビーイング」 自分らしく生きる時代のビジネスの在り方とは』をテーマに、昨今の企業経営において注目されている新しい価値観「ウェルビーイング(well-being)」について講演を行った。
2007年にインテグレートを設立した藤田氏は、日本に甘味料「キシリトール」を導入し、予防歯科という概念から「キシリトール・ブーム」を仕掛けたことで知られている。これまで日本になかったキシリトール市場を2000億円規模へと成長させた、ヘルスケア領域を得意とするマーケティングの専門家だ。現在はウェルビーイングをテーマにした書籍や、記事の執筆なども行っている。
1946年に世界保健機構(WHO)が定めたところによると、ウェルビーイング(well-being)とは、「肉体的(physical)・精神的(mental)・社会的(social)に全てが満たされた状態」であるといわれている。しかしこの定義に基づくと、生まれながら体に障害がある人や、現在のウクライナのような戦時下の人々がウェルビーイングに生きるのは不可能ということになる。
「ウェルビーイングの捉え方が、少しずつ変わってきています。私は、どんな環境であれ“自分らしく幸せに生きていくこと”がウェルビーイングな状態であると考えています」(藤田氏)
ウェルビーイングとよく混在して使われるのがヘルス、ウェルネスだが、それぞれにはどういう意味があるのだろうか?
「ヘルスは“肉体が健康である”という、フィジカル中心の言葉です。対してウェルネスにはフィジカルにメンタルが加わり“肉体と精神が健康である”ことになります。そしてウェルビーイングには、さらにソーシャルな意味が加わります。ソーシャルといっても、SDGsにおいて使われるようなマクロ的な意味ではなく、目の前にいる家族や友人、職場の仲間といった、距離感の近い人間関係という意味になります。“肉体と精神を健康に保ち、幸せで健全な人間関係を築いていること”がウェルビーイングなのです」(藤田氏)
2025年に開催される大阪万博は、「いのち輝く未来社会のデザイン」がテーマとなっており、これはまさにウェルビーイングの概念といえると藤田氏は言う。しかし、なぜ今注目が集まっているのだろうか。
「要因の1つは、新型コロナウイルスの流行でしょう。コロナの流行で、リモートワークが導入されて家で仕事をするようになった。コロナ禍をきっかけに、まったく新しい働き方が生まれ、自分の生き方、暮らし方、価値観、家族と過ごす時間の過ごし方などが大きく変わりました。そこで、自分らしい生き方とはなんだろうと考える人が増えてきたことが、ウェルビーイングに注目が集まる理由だと思います」(藤田氏)
毎年3月20日の国際幸福デーに、「世界幸福度ランキング」が発表される。全世界の中で日本のランキングは、2020年は62位、2021年は56位、そして2022年は54位となっている。これとは別に、2020年にユニセフによって発表された子どもの幸福度ランキングでは、日本は38カ国の中で20位、精神的幸福度はワースト2位という、先進国の中でも最低の結果になっている。
「日本人はなかなか幸福を感じにくいんです。そんな中で、国としてGDPに代わる新しい指標としてこのウェルビーイングを導入しようとしています。経済的豊かさだけではない部分で国の豊かさをあげていこうということなのでしょう」(藤田氏)
2000年代、日本では健康経営に注目する企業が多かったが、現在はウェルビーイング経営に目を向ける企業が増えている。ウェルビーイング経営の導入により、「従業員満足度を高めることによる離職防止」「貢献意識の高まりによる生産性の向上」などの効果が見込まれている。
「健康経営では、企業が責任を持つのは“体の健康”“心の健康”に関してまででした。個人の“生きがい”とか“働きがい”に関しては、日本企業はあまりアプローチできていなかったんです。しかし実は、社員の定着率に関してはこの“社員の幸福度”が非常に重要になってくるのです。そこに気付いた多くの企業がウェルビーイング経営に乗り出そうとしています」(藤田)
人材が企業の資本であることが改めて見直されている現在、“人的資本経営”、“心の資本”、“心理的安全性”、“経営方針とのアライン”といったキーワードを耳にする機会も多いのではないだろうか。
「“働く人のハピネス”というものが、企業にとって非常に重要です。日本企業はそれを実現するために、ウェルビーイング経営のさまざまな施策をはじめています。また、米国ではこの領域のテクノロジーを持ったスタートアップ企業に集中的に投資が集まっています。ウェルビーイング事業の資本規模は、2018年のあるデータによると4.5兆ドルとも言われています」(藤田氏)
米国やヨーロッパでは、ウェルビーイング領域のテクノロジー“ウェルビーイングテック”を利用したさまざまなビジネスが生まれている。マインドフルネス、スリープテック、ダイエットなどのウェルビーイングを向上させるさまざまなアプリケーションやソリューションが登場し、多くのユニコーン企業が生まれている。しかし、日本ではウェルビーイング領域のマーケットはまだ限定的で、日本での展開は苦戦している企業が多いという。
「日本でウェルビーイング領域のビジネスが伸び悩む理由の1つに、医療保険制度があるといわれています。日本には、世界でも類を見ない公的医療保険があり、安価に医療を受けることができます。しかし、米国では公的保険がないため、企業が民間保険に加入して保険金を負担しているんです。医療費も高いため、企業の保険負担も高くなる。そのため、企業としては保険負担を減らす必要があり、瞑想アプリやフィットネスアプリといったソリューションを提供して、従業員の心と体の健康を守ろうという意識が高くなる。そこにビジネスの土壌があって、広大なマーケットが生まれているのです」(藤田氏)
日本ではまだウェルビーイング領域のマーケットは限定的だが、“働く人のハピネス”を向上させるウェルビーイング経営の重要性は、多くの企業が理解している。働く人の人間関係の向上などを目指すHRコンサルやHRツールなどの導入も含め、ウェルビーイング経営の市場は顕在化し始めている。
終身雇用は終わり、ジョブ型雇用の進んだ現在。この時代の空気の中で育ってきたZ世代やミレニアル世代は、会社や社会に依存するのではなく、自分らしい生き方や暮らし方にこだわりを持つ人が多い。そのためか、ウェルビーイングに対する反応が、それ以外の層に比べて高い。
「これから、Z世代やミレニアル世代を中心として、個人がお金を払うBtoCのウェルビーイングマーケットが伸びていくはずです。この流れは非常に大きなビジネスチャンスといえるでしょう。ヨガ、禅、マインドフルネス、リトリート、キャンプ、サウナ……。ウェルビーイングという言葉では認識されていないものの、概念としてのウェルビーイングはすでに若者の間に根付いていて、彼らは自分を心地よく整えているんです」(藤田氏)
新卒で食品会社に就職し、そのキャリアをスタートさせた藤田氏。昔から、「食品とウェルビーイングは相性がいい」とも「相性が悪い」ともいわれる。おいしいものはカロリーが高い、塩分が高い、脂肪分が高い、糖質が多い……。おいしいために幸せを感じることはできるが、ヘルス、ウェルネスの概念においては、おいしいものはよくないものだった。しかし最近、この流れも変わってきている。
「先日、カルビーさんから、“おいしいフルーツグラノーラを食べると幸せホルモンのオキシトシンが出る”という研究結果が発表されました。つまり、適度な甘さと香りのフルーツグラノーラを食べたことによってリラックスした状態になってポジティブで幸せな気持ちになったらしいです。カロリーという観点では甘いものはよくないかもしれませんが、毎日高カロリーなものを食べ続けるようなことをしなければ、おいしいものを食べることがウェルビーイングなのです」(藤田氏)
ウェルビーイングの流れは、コーラやビールなどにも及んでいる。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授