「脱ハンコ」の流れが強まるなか、印鑑大手のシヤチハタが今年、創業100年を迎えた。朱肉不要のハンコで知られる同社は、押印廃止という逆風の中でも、独自のインキ技術を武器に新たな製品開発に取り組み、成長を続けている。
「脱ハンコ」の流れが強まるなか、印章・文具製造販売の大手、シヤチハタ(名古屋市)が今年、創業100年を迎えた。朱肉不要のハンコで知られる同社は、押印廃止という逆風の中でも、独自のインキ技術を武器に新たな製品開発に取り組み、成長を続けている。舟橋正剛社長(60)は「しるしの価値を追求したい」と語り、印の持つ役割を再定義しながら次の100年を見据えている。
机の上に並ぶのは、複数の色のスタンプを重ねて押したラーメンのイラスト、尿ハネを可視化するスプレー、塗料技術を応用した釣り具など、どれもシヤチハタが手がけた製品だ。一見、ハンコとは関係のないように思えるが、そこには同社がこれまで培ってきた技術が生かされている。
舟橋社長は「創業100年は一つの通過点」とし、「第二の創業と捉え、さまざまなことにチャレンジしている最中だ」と語る。「企業活動に安住はない。常に危機感を持ち、新しい商品を生み出すことが必要だ」という先代の教えを今も大切に受け継ぐ。
同社の始まりはハンコではなく、スタンプ台だった。1925年に「舟橋商会」として名古屋市で創業。使うたびにインキを染み込ませる必要のない「万年スタンプ台」を皮切りに、スタンプ台が不要で連続して押せる「Xスタンパー」や「シヤチハタネーム」などを発売した。
1995年に「Windows(ウィンドウズ)95」が発売されるとIT事業にも乗り出した。電子印鑑サービスを開始したものの、デジタル化の波によって進む企業のハンコ離れには抗えず、25年間ほどは売り上げの厳しいビジネスだった。
コロナ禍が転換期となる。リモートワークが広がったことで、出社せずにハンコが押せる電子印鑑サービスが注目を集めるようになった。「スタンプ台、スタンパー、電子印鑑はいずれも共存している。危機感を抱きながら新たな考えや視点を持ち、進んできた結果だ」と力を込めた。
舟橋社長が文具業界へと足を踏み入れたのは父の言葉がきっかけだった。子供の頃から「家業を継いでくれといわれたことはなかった」という舟橋社長の最初の就職先は大手広告会社の「電通」。グローバルで働けるビジネスマンを目指していた。
入社から4年ほどが経ち、広告会社での仕事が充実してきたころ、父から「戻るつもりがあるなら、そろそろだぞ」と言葉をかけられた。
「父からああしろ、こうしろといわれたことは今までなかった」
大きな転機が訪れたと感じ、家業を継ぐ決意を固めた。
電通を退職し、1997年の入社後は経営企画やマーケティング部門を経験。常務、副社長を経て、2006年から現職についた。文具業界を取り巻く変化を肌で感じてきた。ハンコ離れの潮流に「正直、不安です」と胸の内も明かす。
2008年のリーマンショック後、業務で使用する文具は、自身で用意する流れになったことで、オフィスで使用する商品の個人買いが広がった。これまでほとんどがオフィスで使用するBtoB(企業向け)の商品だったが、BtoC(消費者向け)も展開するようになった。また、産業や工業用途にも力を入れ、インキでの押印が難しかった金属やガラス、プラスチックなどの非吸収面タイプの素材への押印を可能にした商品を販売するなど新たな分野を開拓した。自社のヒット商品に満足せず、よりよい商品へと更新しながら成長を続けている。
多岐に渡る商品を展開する同社だが、舟橋社長は「まだ知られていない技術やサービスがある」と語る。
印刷されたものの色ムラを識別できる個別認証システムや、建設業界で作業効率や安全性を高めるためにボルトの締め付けを確認するスタンプ「ボルトライン」…。従来の枠にとらわれることなく、デジタル関連サービスや文具業界以外のビジネスなどにも領域を広げている。
舟橋社長は「ジャンルを問わず、『しるしの価値』を追求していきたい。印の付加価値を高めていくことで、まだ成長していける」と意気込んだ。(村田幸子)
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