三浦氏が取り組んだトレーニングは、日常の生活の中で、負荷をかけるというものだった。足首にリスト・アンクル・ウェイトと呼ばれる重りをつけ、背中には10キログラム以上の重りを入れたナップサックを背負いながら生活するということから始めたという。
「一度もそうしたトレーニングをしたことがない人は、軽めのものから始めていくのがいいと思います。背負う場合は両肩に均等に負荷がくるようにした方がいいでしょう。少しずつでも、負荷をかけることが大切です」と話しながら、三浦氏は足首からリスト・アンクル・ウェイトをはずして無造作にテーブルの上に出してくれた。持ってみるとかなり重い。5キログラムだという。
「時間をかけて、少しの負荷をかけ続けていくことがポイントなんです。無理な負荷をかけて1週間でやめてしまったら何にもならない。自分の体と相談しながらどこまで続けられるかを意識してほしい」
それにしても、いくつもの栄光を手に入れた人が、60歳を過ぎてどうして一念発起しようとしたのか。これは、一般の人にはない三浦氏が持つハンデといえないだろうか。世界中から賞賛を受け、アスリートとしては十分な実績を持っている。「もう、このあたりでいいだろう」と考え、往年の体型が戻らなくても、誰も悪くは言わないだろう。輝ける過去が、普通の人以上に、自らの精神的な緩みに対して鈍感にさせてしまう可能性が高い。
もう一度エベレストへ、という思いについては講演の中で「ありきたりだが、そこにエベレストがあるからとしか説明しようがない」と語っていた三浦氏だが、実際に話を聞いていると、本当にそうなのだろうと感じた。もう一度賞賛を浴びたい、などという動機では今回のような過酷な挑戦はできないだろうし、目の前の三浦氏からは、人の目を過剰に意識する邪念がまるで感じられない。
自身を振り返って、三浦氏はトレーニングを継続する秘訣を次のように語ってくれた。
「具体的な目標を持つことじゃないですか。わたしの場合はエベレスト。オリンピックもあるし、いい記念にもなる。だからやろう、やるからには必ず成し遂げよう、そのためには何をすべきか、と考えました。ただトレーニングするだけでなく、何かの大会で何位以内に入ろう、完走してみよう、記録をこのレベルまであげよう、というように具体的な目標を作っていくことが重要だと思います。これは会社の仕事とかビジネスの世界でも同じかもしれないですね」
この日の講演の中で登壇した、三浦氏の次男、豪太氏がこんな話をしていた。「今回の登頂で、かつて父が滑降した8000メートル地点を通ったが、こんな場所から滑降するなんて改めて自分の父親はとんでもない人なんだなと思った」
そのとんでもない人が、もう一度立ち上がり一から鍛えなおして、困難な目標を達成した。三浦氏は幼いころから心臓に疾患を抱え、今回の登頂の準備の段階でも、カテーテルを使った特殊な心臓手術を受けている。圧倒的な能力を持った人物のとてつもない偉業の陰には、達成に必要な条件を満たすための、長い克服への道があった。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授