まずここまでをまとめて、X銀行の人事責任者にプレゼンすることにしました。提案はただ1つ。要望のあった「国際展開、地元密着の営業体制、福利厚生などを紹介するパンフレット作り」をやめませんかということでした。学生の視点を理解してもらい、これまで通りの方法では課題がクリアできないことを納得してもらうためです。
ところが、プレゼン案を社内で営業担当者に示した段階で猛反対を受けました。今回のケースでは、X銀行から「こんなパンフレットを制作して欲しい」という明確なオーダーが出ているため、それに忠実に従えばプレゼンが通る可能性は高いというのが営業担当の主張です。
それは十分に理解できました。しかし、本当の意味で顧客の信頼を得るためには、学生がX銀行を選んでくれるようなパンフレットを作らなければなりません。ブレストの結果、X銀行には今までのやり方を変える作戦を提示する方向で押し切りました。
プレゼンで顧客に「そのやり方は間違っています」と言うのは、かなり勇気がいることです。しかし、これを納得してもらわない限り、課題の解決には進めない。そこで今回のケースは、プレゼンにおける課題を明確にし、納得してもらい、共有することだけを目指しました。
解決策の提示がないプレゼンは、はなはだ不完全なものです。しかしあえてステップを踏み、課題をクリアにした上で、解決策を探すという二段階プレゼンに挑んだわけです。最初は難色を示されたものの、粘り強く交渉した結果、今までの手法で進めるのか、まったく新しい内容にするのかは取材次第ということで仮決着し、次のステップに進む承諾をいただきました。そして取材の中から、X銀行は「人の魅力で勝負する」という視点を発見。X銀行に入れば、「こんな人といっしょに働ける」「こんなに仕事が任される」という入社案内らしい内容で構成することで納得いただき、他行とは内容も構成もまったく異なるパンフレットが完成したのです。
恋は盲目、という言葉がありますね。相手を愛するが故に、周りがまったく見えなくなってしまう。これと同じことがプレゼンテーションの場面でも起きているのです。顧客を好きになり、どんなことでも相手の要望に応えようとする姿勢は、かけがえのないものです。しかし、目の前の顧客を愛すれば愛するほど、見えなくなってしまうものがある。時には心を鬼にして、顧客の弱点を指摘することがプレゼン成功のカギになる場合もあるのです。
(*編集部より:この連載は今回が最終回になります。長きにわたりお読みいただきありがとうございました)
中村昭典(なかむら あきのり)
元リクルート・とらばーゆ東海版編集長。現在は中部大学エクステンションセンターで社会貢献事業を推進。個人の研究領域はメディア、コミュニケーションおよびキャリアデザイン。所属学会は情報コミュニケーション学会、日本ビジネス実務学会ほか。
著書に『伝える達人』(明日香出版社)、『雇用崩壊』(共著、アスキー新書)。11月には『親子就活 親の悩み、子どものホンネ』(アスキー新書)が発刊される予定。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授