キャリアショックとその後の意識、意欲の切り替えの現実と課題
前回は、50代社員に降りかかるキャリアショックに直面しながら、自らの意識と行動を変えていくことが、新しい職場環境に適合したセカンドキャリアのスタートとなることを、キャリアトランジション(移行)の概念を使って考えた。
キャリアショックを乗り越える“移行期”は、新しい環境に適応するために『自分を作りかえる過程』ともいえる。この過程は、それまでの組織からの期待が変容、減少するなかで、これまでの意識や仕事意欲を切り替え、現実の職場環境や仕事に向き合うには多くの困難が待ち受ける。今回は、役職定年に達した50代社員の人事面談事例をもとに、新たな環境への対応のために、どのように意識を切り替え、どこに新たな仕事のやりがいやモチベーションを見いだすかを探ってみたい。
ある日の午後、人事部長P氏と営業本部の営業部長A氏との、役職定年予告のやりとりから。
P人事部長:「すでにご存知のこととは思いますが、今日は、役職定年制度のことでお伝えしておきたいことがあります。実は、部長職は満54歳を迎える4月に役定いうことになっており、A部長にはこの4月の異動で現在の部長職を降りていただくことになっています。組織の若返りや可能な限り多くの社員に要職を経験させたい会社の方針ですので、ご理解をお願いします」
A営業部長:「それは決定事項なのでしょうか。わたしの業績に何か問題があるのですか。もし決定事項だとしたら、後任予定は誰ですか。わたし自身はどのようなポストに移るのでしょうか」
P人事部長:「これは決定済みのことです。今回ごく一部の例外の方を除きますが。後任者の件は追って時期に合わせ発令予定ですが、会社の方針からいえばおそらく40代後半の層から抜擢されることになると思います。今後のポストのことですが、ベテラン営業が不足しており、A部長には、引き続き重要顧客を担当する“担当部長”をお願いしたいと思っております。なお、給与については現行の部長職手当てが減額になりますから、○○万円、20%ほど減収になります。」
A営業部長:「そうですか……。担当部長というのは部下はいるのでしょうか。成績評価はどうなるのですか。」
P人事部長:「原則、部下はいませんが、それは新しい部長が判断することかと思います。成績評価などは新たな職務目標に基づいて行いますが個人業績のウエイトが高まるでしょうね。昔の活躍を思い出してまた現場で元気にやってください」
A営業部長:「お話はわかりました。自分なりに気持ちを整理しておきます。」
これが、役職定年の数カ月前に行われる予告面談の風景だ。説明は、一段階上の上司か人事部長クラスから行われる。役職定年は多くの企業で導入されており、部門事情や個人の能力・実績いかんで例外のケースはあるが、管理職の大半がこのような形で“ポストの明け渡し”を迫られる。
前出のA部長の心に去来するものは何だろう。確かに組織の若返りや多くの人材にマネジメントを経験させる会社の意図は理解しながらも、自分自身に訪れた転機をどう理解すればよいか戸惑うはずだ。
このような現実を多くの企業の50歳代の管理職社員はどう受け止めているのだろうか。ここでは制度の良し悪しではなく、個人がどのように役職定年を理解し受け止めれば、より生産性を生む働き方ができるかを考えてみたい。
ヒントは前回のキャリアトランジション(ある現実が終了し、混乱調整の時期を経て、次への移行が始まる)だ。A部長のこれまでの働き方は文字通り、「会社人間」として組織目標の達成のために率先垂範するリーダーの典型的なイメージである。家庭は二の次、会社業績のために頑張ることが、自分と家族のためになる、極めて分かりやすい働きかただ。その動機は、昇進・昇格・昇給など“もっと偉く”なり“大きな仕事”をし、“人の上に立つ”が大きな要素であったはずだ。
それが、ある日を境に、「担当部長」として実質降格を示唆される。これまで頑張ってきた時代に一幕が下ろされ、そこで部長は担当部長に“役替え”を要求され、これまでのアイデンティティが大きく崩れることになる。この崩れてしまったアイデンティティの回復には、「自分を作りかえる過程」と、その時間が必要だ。それは、これまでの働き方とその後の働き方の繋ぎ目を縫い合わせる「自己調整」を経て可能になる。
図表‐1を見てほしい。新しい現実となるその後の働き方に適応していくには、職場でのポジション感覚、働く意味・意識、働く動機・モチベーション、能力や態度の大きな転換を要請される。端的に言えば、会社の期待の上で成り立っていた組織管理者志向の「会社人間」が、会社の期待が半減する中で、自分の専門性で自律した「仕事人間」として、その意識と行動を切り替えよ、ということだ。
この転機を理解し、受け入れることが役職定年後のセカンドキャリアの始まりとなる。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授