では最後に「感じ取る(Sensing)」の実践方法を紹介します。「感じ取る(Sensing)」を実践するためのアプローチにはさまざまなものがあります。例えば、第1回で紹介した「バビーシャ・プロジェクト」の動画の前半で、実際に栄養失調の子供の体重を量っているのですがこれはラーニング・ジャーニーとよばれる取り組みで、問題となっている状況に実際に身を置き現実に浸ることを行います。
その他にも、システム思考や、構造としてはメンター、コーチ、カウンセラーなどによるサポート、そしてビジネスシミュレーションゲームなどの疑似体験ワークがあります。ここではそうした特別な環境設定を必要とするやり方以外の方法を紹介します。それは、「自己開示」です。心理学に「自己開示の返報性」という用語があります。片方が自己開示をすると、もう一方も自己開示をし、それによりお互いの親密さが深まるという心理を表したものです。
皆さまも誰かから秘密を明かされて、自分もついつい秘密を明かしてしまい、いつの間にか暴露大会になって、妙に結束が強くなったという経験があるのではないでしょうか。多くの人が経験的に知っている「パンツを脱ぐ」、「腹を割る」ことの重要性は実はこの自己開示の返報性によって生まれる親密さに着目していると言えます。
では、この自己開示の返報性が「感じ取る(Sensing)」とどう関係しているのでしょうか? 「感じ取る(Sensing)」とは、ある状況の中にあるさまざまな目玉が自分の中に増え、その目玉を通してまるで自分が体験しているかのように状況を感じられる状態です。
この自己開示の返報性は、なかなか奥深く、積極的に経験を積むことが必要です。なぜなら、全ての自己開示が返報性を生むわけではなく、場を壊し、禍根を残すだけの「質の低い自己開示」に陥ってしまうことも珍しくないからです。
例えば、政治家の方が「わたしは、ぶっちゃけ、日本の有権者は頭が悪いと思っている」などと言おうものなら、返報性が起きるどころか、日本全体が大混乱に陥ります。それでは、自己開示の返報性が起こる質の高い自己開示とは一体どんなものなのでしょうか? その一つは、「自責内省型の自己開示」です。
これは、起きている事象を他の人や何かのせいにしたり、言い訳や言い逃れをしたりせず、自分は必ず出来事に何かしらの影響を与えているという立場に立って状況を深く捉えようとする姿勢から生み出されるものです。
これは、いわゆるリーダーシップで語られるような「隗(かい)より始めよ」とか、率先垂範といった道徳的なあるべき論ではなく「実際に」自分が何かしらの影響を場に与えていることを自覚し、そのことに人としての痛みや申し訳なさを感じることが重要です。イメージをしやすいようにいくつか例を挙げてみましょう。
・自社の社員に対して重箱の隅をつつくような細かい命令をしている創業社長が、「実は自分にはみんながついてきてくれるような人間的な魅力はないのではないかと思うことがある。自分がその思いにのっとられた時に、反応的に命令してしまう自分に気付いた」と明かす。
・空回りしてチームから浮いてしまっている新任マネジャーが、「自分は学歴も低いし、頭も良くないから、なめられてはいけないと思って去勢を張っていた。そのことがみなに迷惑をかけていたことが分かった。申し訳ない。」とチームメンバーに謝罪したとき。
・夫への束縛や規制が激しい女性が、「どうせ自分は一人ぼっちだって思っている自分がいる。だから、いつかあなたがいなくなってしまうんじゃないかと不安で仕方ないの。」と気持ちを明かす。
このような相手を責めるのではなく、自分が問題の当事者であるという姿勢からその原因となっている自分の気持ちや諦めなどの内面を自己開示した時、自己開示の返報性によって、場の中に自己開示の連鎖が起きます。
わたしはこの「感じ取る(Sensing)」に大きな魅力と可能性を感じています。「感じ取る(Sensing(」の状態になった時に、どれだけ相手に対して否定的な思いを抱いていようとも、それが嘘のように消え、奥底に眠っていた人としての温かさや優しさのようなものが開かれ、溢れてくる場面に何度も遭遇してきました。オットー博士がこの状態になった時「開かれた心にアクセスする」と表現しているのは、非常にうなずけます。
一人でも多くの人がこの「感じ取る(Sensing)」の領域に自由自在にたどりつけるようになれたら、家庭や会社など色々なところで大きな変化が生まれてくるのではないかと思います。次回は、いよいよ「プレゼンシング(Presensing)」を紹介します。
中土井 僚
オーセンティックワークス株式会社 代表取締役。
社団法人プレゼンシングインスティテュートコミュニティジャパン理事。書籍「U理論」の翻訳者であり、日本での第一人者でもある。「関係性から未来は生まれる」をテーマに、関係性危機を機会として集団内省を促し、組織の進化と事業転換を支援する事業を行っている。アンダーセンコンサルティング(現:アクセンチュア株式会社)他2社を通じてビジネスプロセスリエンジニアリング、組織変革、人材開発領域におけるコンサルティング事業に携わり2005年に独立。約10年に渡り3000時間以上のパーソナル・ライフ・コーチ、ワークショップリーダーとしての活動を行うと共に、一部上場企業を中心にU理論をベースにしたエグゼクティブ・コーチング、組織変革実績を持つ。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授