Web広告収入という選択をせずに、主にオリジナル商品の販売で年間28億円の売り上げを達成している東京糸井重里事務所。その事業戦略について、同社CFOの篠田氏と一橋大学大学院の大薗教授が対談した。
コピーライターやエッセイストとして活躍する糸井重里氏が代表を務める東京糸井重里事務所。同社が運営するWebサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」(ほぼ日)は、1998年6月6日に開設以来、糸井氏が毎日更新するコラムのほか、インタビュー記事やルポルタージュ、読者投稿コーナーなど、さまざまなコンテンツを発信している。現在、月間110万人の読者を抱えるサイトにまで成長したが、興味深い点は、Webサイトにおける主流な戦略である「広告収入」を選択していないことである。
では、どのように事業収益を上げているのか。同社では、ほぼ日の運営を通じて、「ほぼ日手帳」「ほぼ日ハラマキ」「うちの土鍋シリーズ」といったオリジナル商品を開発、販売することで、年間28億円の売り上げを誇っている。
こうしたユニークな事業戦略が評価され、同社は2012年にポーター賞を受賞した。本稿では同社の具体的な取り組みや考え方などについて、一橋大学大学院 国際企業戦略研究科の大薗恵美教授が、同社CFO(最高財務責任者)を務める篠田真貴子氏に聞いた。
大薗 東京糸井重里事務所の事業を見て面白いと思うのは、いくつもの「やらないこと」を決めている点です。サイトに広告を出さない、商品の販売促進をメールなどでプッシュしない、顧客を囲い込みしないなどです。とにかく読者との関係性を大切にしていて、隣人のような付き合い方をしています。まずは良いコミュニティーを作り、物販はその延長線上にあります。こうした、考え方の順番がユニークです。
儲けようと思って起業する人は、カベにぶち当たったときに、腰が定まらず方針が揺らいでしまいがちですが、成功している人は、これをやりたい、この価値を届けたいという想いがあるため、腰を据えて事業に取り組むことができます。東京糸井重里事務所も何をやりたいかということが発想の真ん中にあります。この優先順位はどこから来たのでしょうか。
篠田 1970年代〜80年代にコピーライターとして世に名を馳せていた糸井でしたが、90年代に入り、広告の世界が少し変わってしまったと感じて、徐々にそこから離れていくようになったそうです。元々、自分が心から良いと思ったものを消費者に届けたいという、あくまで消費者の目線で、そこから商品やサービスを提供する企業側にも対話ができるというのが糸井の立ち位置だったわけですが、このような場所では広告の仕事がしづらくなりました。
一方で、インターネットを使えば、消費者側に立ちながら、自分が面白いと思うこと、素敵だと思うことを自由に発信できます。スポンサーがいなくても自分の想いが世の中に届けられるということに将来性を感じ、1998年に自分のWebサイトを立ち上げたのです。
このように、元来、事業として始めたわけではなかったので、細々とやっていた広告の仕事や、メディアの出演料などで社員を食べさせる状態がしばらく続いていました。バナー広告などの掲載収入は魅力的だけども、思い通りにしたいというのが最優先だったので、結局一度もほぼ日に広告を掲載しようという決断はありませんでした。
そうした中、商品という形で売り上げを立てたのは、偶然の産物でした。最初の商品は1999年秋に販売したTシャツでした。当時、事務所スタッフが少人数だったので、大学生のサークルがユニフォームを作るような感覚でお揃いのTシャツを作ろうという企画が持ち上がったとき、メンバーの一人が「読者にも売ったら喜ばれるのでは」というので、Webサイトで通信販売してみました。すると、3000枚を超える申し込みがあり、「自分たちも物販でやっていけるのでは」と思うきっかけになりました。その後、オリジナルのハラマキ、永久かみぶくろ、手帳と、1つずつ商品を開発しました。
ただし、商品も、ほぼ日のコンテンツと同じように、メンバーが日々の中でこんなのがあったらいいのにと思ったものを開発しています。事業としての戦略性というよりも、消費者としての発想が起点になっているといえるでしょう。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授