初志を貫く! 広告で収益を上げない東京糸井重里事務所ポーター賞企業に学ぶ、ライバルに差をつける競争戦略(2/3 ページ)

» 2013年08月21日 08時30分 公開

数値目標はない

大薗 競争戦略論の第一歩は、何をしない/するというのを決めることです。スタート時点でそれを見極めるのは簡単ではないので、多くの場合、まずやってみるのだと思いますが、それを後からやめようとするのは難しいです。そういう意味で、消費者として、そしてクリエイターとして「こういうことはしたくない」という強い意思を持ってスタートしたのは、東京糸井重里事務所にとって幸いなことだったと思います。

一橋大学大学院 国際企業戦略研究科の大薗恵美教授 一橋大学大学院 国際企業戦略研究科の大薗恵美教授

 しかも、メンバーに給料を払うために広告スペースを売るとか、途中で方針がなし崩しになり得る状況があったと思われるのに、10年以上にわたってコアの部分が守られているのは素晴らしいことです。いくつかの決めごとが最初からあって、メンバー皆が共鳴して守っているのが、東京糸井重里事務所の組織の強さといえるでしょう。

 次に、実際にこれまでを振り返ってみて、判断が難しかったことはありましたか。

篠田 基本的にトライしてみて、たとえうまくいかなくても続けたいものであれば継続する方法を考えるし、やめると決めればすぐにやめるようにしています。その変わり身の早さは大切にしているかもしれません。

 例えば、「ほぼ日手帳」を初めて発売したとき、出荷した後になって、「製本した手帳の補強が弱く、使っているうちにページがバラバラになってしまう恐れがある」という問題が浮上しました。そこで、既に購入済みの顧客に対して背閉じを補強した新しい手帳、計1万2000部を再送しました。当時の事業規模からすれば多大なコストでしたし、会社として力を入れた商品の出発としては最低な事態でした。しかし、発売から数カ月経っていたため、既に手帳に書き込んでいたユーザーが新しい手帳を友人などに配るなどしたケースもあったようで、顧客の裾野が広がりました。

 結果的に、翌年のほぼ日手帳は大きく売り上げを伸ばし、主力商品になるきっかけとなりました。今でもこの話を持ち出すと当時の担当者が悲しい顔をするほどの失敗談でしたが、そこまでやったからこそ顧客の信頼を失うことがなかったともいえます。

大薗 ポーター賞では収益性も重視しています。東京糸井重里事務所は、Webでの物販を専門にしている会社よりも効率的に売れている印象を受けます。これは顧客に伝えたい価値観に一貫性があるとか、効率的に利益を上げるためにいくつかのルールがあり、それを押さえているのではないかと推察できます。この点はいかがでしょうか。

篠田 結果として高収益率になっていると言ってもいいでしょう。私が入社してこの秋で5年になりますが、それ以前は収益全体を見ている人はいませんでした。それでも好調だった要因の1つに、根っこの部分で糸井が儲けの勘所を逃していないということがあります。それは、誰もやっていないことをやるということです。私たちは小さな会社なので、大企業と同じことをしては存在価値がまったくありません。これは、クリエイターとして成功してきた糸井の経験則に基づくものでした。

 消費者として嬉しく、他社にない商品を開発すれば、価格設定は自由にでき、競合を意識しなくて済み、あくまで消費者目線で考えることができます。裏を返せば、そういう自由度がないものはやらなかったと思います。

 東京糸井重里事務所は売り上げ目標を設定していません。基準としているのは、顧客が喜ぶか喜ばないか、うけるかうけないかに尽きます。何をやったら喜ばれないかについては明確ですが、何をやったらヒットするかは分かりません。ですので、売り上げの数字を目標にするのは意味がなく、それよりも、人々が面白いと思うかという質的な部分が求められます。

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