【新連載】メッセージを力強く伝えるには、重量感のある低い声が必要だリーダーは低い声で話せ(1/2 ページ)

自分なりに一生懸命話しているのに伝わらない。そう感じたらどんな声で話しているのか聞いてみてほしい。声は変えられる。

» 2014年01月21日 08時00分 公開
[永井千佳,ITmedia]
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 ある日のボイストレーニングのレッスン。細身の長身にチェザーレ アットリーニのスーツを着こなした、俳優の渡辺謙さん風の男性が颯爽と現れました。高橋啓介さん(50)は、外資系企業の社長です。見た目はいかにもリーダーシップがありそうですが、しゃべりだすと声が甲高く、セカセカと早口。会うとそのギャップに驚きます。

 大変忙しい方なので、私が「オフィスまでお伺いしますよ」と言うと「いいんだ、いいんだ」と言って、わざわざオフィスから離れたレッスン室に通いたい」と言う。理由を聞くと「レッスンをしているのを社員に聞かれたくない。」とのことです。ある日突然、「社長なんだか貫禄出てきたんじゃない?」「最近、社長の話は面白い」と言われたい。「秘密に練習をして、ある日突然変身したい。」のだそうです。

 また、高橋さんは、「ボイストレーニングというと、大きな声を出したり、変な声を出したりしなければならないので、グループレッスンは恥ずかしい。1人でできないものだろうか?」と言います。確かに自分自身も、ボイストレーニングしている様子は人に見られたいものではありません。舞台裏をさらしているようなものですから。高橋さんの気持ちは良く分かります。

 高橋さんは、仕事柄プレゼンや講演が多く、「人前でしゃべると、だんだん早口になってしまう」、「テンションが上がるともっと声が高くなり、さらにスピードアップしてしまい、口が回らなくなって、自分で何を言っているのか分からなくなってしまう」と言います。そして、何年も前から「滑舌をよくするためにアナウンサー訓練学校のようなところにレッスンに行かなければならないのか?」と思っていたそうです。

 アナウンサーは、「事実をいかに正確に伝えるか」ということが仕事のプロ。一方、社長は「いかに説得力を持ってビジョンを語り、夢や信念を伝え、みんなにやる気なってもらうか」というのが仕事。全然目的が違うのです。だから、最初に「アナウンサーになるような訓練は必要ありませんよ」といいました。

 高橋さんは、誰よりも深い思いとパッションを持っている。しかし、それが伝わらない。私は、声で損していると感じました。高橋さんも、それを自覚しているようでした。高橋さんは、声が高い。そして早口。呼吸が浅い。そのため、情熱は持っているけれど、せっかちで、物事を口先だけで言っているように聞こえてしまう。文章の間に「あー」とか「えー」も多い。こうなると、話の内容がどれだけよくても、説得力に欠けてしまいます。

 私は、高橋さんには「力強い低音」が必要だと思いました。さあ、各駅停車しかとまらない駅で、うっかりすると通り過ぎてしまうような小さな目立たないスタジオを借りてのレッスン開始です。そして、私はここを「虎の穴」ならぬ「声の穴」と名づけたのです(怖い掟はありません)。

 力強い低音とは、単なる低音とは違います。聞いている人の脳幹が揺さぶられるような人物の重量感が感じられるような声なのです。ここで言う重量感とは、声が重いという意味ではありません。声の響きです。声を響かせるためには、「横隔膜のスイッチ」を入れる必要があります。横隔膜とは、肺の下にあるドーム型をした呼吸をつかさどるインナーマッスルです。

 インナーマッスルとは体の深いところにある筋肉で。すべてのインナーマッスルが一般的なスポーツクラブで行うようなトレーニングで鍛えられるわけではありません。自分の意志で動かすのがむずかしい筋肉や、運動や日常動作に直接関わらない筋肉もあるからです。インナーマッスルの中でもまさに横隔膜は呼吸でしか鍛えられない筋肉です。

 誰でも、そのインナーマッスルである横隔膜に気がつくと、まるでスイッチを入れるように、良い声が出るようになります。私はそれを横隔膜のスイッチと呼んでいます。

 レッスンでは、横隔膜にスイッチを入れ、横隔膜のトレーニングが少し進んできたところで、平行してスピーチ・トレーニングを行います。用意したビデオカメラでスピーチの様子を録画し、一緒に見ます。

 高橋さんは、横隔膜を使って話すことで、声に重量感が出て、声がよく通り感動的な話し方ができるようになっていきました。横隔膜を使った深いトーンで発声できるようになると自信がつくため、ゆっくり堂々と話せるようになり、あわてたり、つっかえたりしなくなります。声が充実し間が持つようになるので、自然に言葉の合間に出る無駄な「あー」「えー」もなくなったのです。

 そして何度目かの録画のあと、高橋さん一言。「城 達也みたいだ……」。城 達也さんとは、「ジェットストリーム」という伝説のラジオ番組のパーソナリティを務めた素晴らしい声の持ち主です。

 実は、高橋さんの会社は思ったように業績が伸びておらず、社員全体が意気消沈していました。そんな中、全体のオフサイトミーティングでレッスン後初の社長スピーチがあるというので、私も会場の一番後ろに座って様子を見守ります。どんな話をするか。ここが正念場です。

 周囲を見渡すと「社長の話しかーーー。またいつものように感情的な説教かな」という表情の社員の姿が目につきます。しかし、200人はいると思われる社員たちの前に、普段とは違う落ち着いた足取りで現れた高橋さんは、第一声、「さあ、わが社はさらに面白くなるぞ!」。

 腹を据えた一言に、言葉を超えたものが社員全体に伝わったのを感じました。会社全体を覆っていた重苦しい雰囲気を、力強い一声が変えた瞬間でした。その後、高橋さんの会社は、社員たちの頑張りもあって、現在は順調に成長しています。

 久しぶりに会った高橋さんは、「いやあ〜、休暇でアメリカから帰って来ている息子に"あれ、ダディ声変わったんじゃない?"って言われたんですよ。あいつ細かいことによく気がつくんで。教えていただいたアレ……“いい〜んです!”なんて真似するんですよね。ははは……」と嬉しそうに教えてくれました。

 「いい〜んです!」はスポーツキャスター川平慈英さんの独特言い方を発声練習に取り入れたもので、褒めたり何か決定したりするとき、明るい雰囲気になるのでおす勧めしているものです。高橋さん、鍛えた声で、社員の皆さんと心を一つにして、日本の将来のために素晴らしい仕事をすることでしょう。

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