みそかつの代名詞として親しまれている「矢場とん」。名古屋の食文化を伝えるために独自のポリシーを持ちながら、変わることを恐れない。進化を続けるための取組みとは。
戦後の1947年に愛知県で創業し、みそかつの代名詞として親しまれている「矢場とん」。愛知県内だけではなく、東京や福岡にも店舗を構え、現在は国内に19店舗、海外に1店舗を展開している(7月22日時点)。名古屋の食文化を伝える矢場とんは、独自のポリシーを持ちながらも、変わることを恐れない。進化を続ける矢場とんの代表取締役である鈴木拓将氏に話を聞いた。
井上 名古屋名物のみそかつで有名な矢場とんですが、みそかつに特化したお店となるまでにはどのような経緯があったのでしょうか。
鈴木 1947年に私の祖父が矢場とんを創業しました。戦前から氷屋を営んでいましたが、祖父が戦時中に給仕班として従事したのをきっかけに、戦後、飲食店を始めました。戦後はお金も物もないので、お腹いっぱい食べることが一番の幸せだった時代でした。最初はみそかつに限定しておらず、あらゆるメニューを揃えていました。
名古屋では、みそを付けてとんかつを食べるのは当たり前のことです。にもかかわらず、おいしいみそかつを出している店は意外と少なかったんです。そこで、自信を持って名古屋の食文化を伝えられる店作りを目指し、徐々にみそかつに特化した飲食店として進化してきました。現在は愛知、東京、福岡、三重の他、昨年11月に初の海外店舗となるバンコク・トンロー店を出店し、20店舗、年商約30億の会社となっています。
井上 おいしいみそかつを提供するため、どのようなこだわりを持っていますか。
鈴木 うちには50年間に渡ってみそだれを仕込んでいる大ベテランの社員がいます。意識しているのは、ずっと変わらないものを提供するのではなく、時代に合わせて変化し続けなければならないということです。50年前と現在ではみそのレシピは大きく変わりました。砂糖の量は減り、現在も日々改良されていますし、季節によっても微妙に変わっています。それは長年の経験による繊細な調整です。
レシピに頼りきりになるのではなく、自分の舌を信じ、その時の時代や季節に応じておいしいと思うものを提供し続けていきたいです。豚肉、米などの食材についても、素材にこだわりつつ、自分たちの舌で確かめて、いつもその時々でベストなものを選んでいます。
井上 接客についてはどのような特色がありますか。
鈴木 私たちは、「一流の大衆食堂」を目指しています。この理念の実現を目指し、接客も進化させてきました。できることは何でもしてくれることが良いサービスだと思っている方が多いかもしれませんが、それは違います。高級レストランと大衆食堂のサービスは違うのです。
例えば、私たちはお客さまの上着をハンガーにかけることはしません。お客さまが脱ごうとした時にかけてあげることは簡単です。しかし、その上着を汚してしまったときに責任を取らなければならないのは店側です。大衆食堂では、そこまで責任を負うことはできません。サービスはいつでも自分たちが責任を持ってできる範囲内であるべきです。何でもしてあげるお客さま至上主義のサービスを目指すのではなく、あくまで大衆食堂としての一流サービスを目指していきたいと思っています。
井上 一流の大衆食堂としての進化を意識し、新たに取り入れたサービスや接客の工夫は他にはどのようなものがありますか。
鈴木 初めてみそかつを食べるお客さまが多いので、お客さまに合わせてメニューのご提案をすることもよくあります。若い男性だったら、ボリュームのあるわらじとんかつにしてはどうかとか、お友達グループだったら、ロースとひれ肉の食べ比べを提案したりもします。
おいしいみそかつを食べてもらうためには、お客さまをいつも見ていなければなりません。グループで来ているのならどういう関係性なのか、みそかつを食べるのは初めてなのか、お腹の減り具合はどうなのか。あらゆることを考慮して、メニューを提案します。名古屋の食文化を伝えるため、一番おいしいかたちでみそかつを提供することが私たちの使命なので、接客も日々進化しています。
2014年からお客さまの目の前でみそだれをかけるサービスを始めました。時代が変わり、お店紹介の媒体が変わってきました。情報雑誌よりも、一般のお客さまの口コミを見て来店する方がほとんどです。あたりまえですが口コミサイトの写真はプロが撮ったものではなく、一般の方が撮ったものです。そういった写真をもっとおいしそうに見せたいと思い、お客さまの目の前でとんかつにみそをかけるサービスを始めました。
「シャッターチャンスですよ」とお声がけしてからみそをかけるので、出来たてで料理から湯気も出ていて、おいしそうな写真が撮れるんです。お客さまもベストショットが撮れて喜んでくれます。時代の変化、お客さまが求めているものに合わせて、サービスを進化させていくことをいつも年頭に置いています。進化させなければ、名古屋の食文化を伝えることはできなくなってしまうと思うからです。存在し続けるためには、変わり続けなければいけません。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授