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» 2016年01月05日 08時00分 公開

新しい成長をもたらす経営者の心得日本式イノベーションの起こし方(2/2 ページ)

[井上功,ITmedia]
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業績が堅調なときは、大胆な人事で慣行を壊す

 では、業績が堅調なとき経営者はどのようにしてイノベーションを起こせばいいのでしょうか?

 2010年、YKKの経営企画室長だった大谷渡氏が、技術開発本部長に就任します。大谷氏は文系学部卒で、それまでのキャリアはずっと管理系でした。経営企画室長のときには、全世界のYKK社員数万人を動かすグローバル経営の最終責任者でした。

 社長の吉田忠裕氏(当時)から呼ばれた大谷氏は、「技術者がもっとのびのび仕事ができるようにしてほしい」と言われます。技術部門のトップへの就任の依頼は、管理系のキャリアを積んできた大谷氏にとって驚きであり唐突感のあるものだったに違いありません。

 しかし、未知の分野だからこそ、しがらみはなかった。大谷氏は領域外の強みを生かして、異分子としての大胆さで技術開発本部自体の組織のイノベーションに着手します。

 ありとあらゆる場面を活用し、事業所に所属する技術者とコミュニケーションを始めます。対話集会、役員会、現場での何気ない問いかけ、部長室での議論……。しかも対象は全社員。肩書き、役職、事業部、性別、年齢、入社経験など一切分け隔てありません。

 1年もすると、約1200名の技術者が動き始めます。次に大谷氏が着手したのが、具体的な目標を見つけることでした。そこで注目したのがアマダの富士宮工場でした。「社員が主役でこの20年間進化し続けているアマダの工場や技術者に追いつき、追い越したい。アマダを越えたい」。それが、天城越えならぬアマダ越えになって表われます。

 大谷氏は、アマダ越えの替え歌を幹部につくらせます。天城越えのフレーズに合わせて、アマダ越えを実現させるべく、幹部も次第に本気になっていきます。毎朝天城越えのメロディが工場に流れます。幹部自らが自分の課題を踏まえてつくった替え歌が、毎日自然と暗唱されるという状態をつくりだしたのです。

 アマダという具体的な目標を設定し、自発的に技術者・技能者が動くように変わるスイッチを入れる。今までのやり方から一歩前に踏み出す。社員が慣行の外に出ることを、技術開発本部長への就任を契機に実現していったのです。

 巨大メーカーの技術開発本部長に文系学部出身者が就任することは、他のメーカーではほぼ考えられませんが、YKKでは経営者の大胆な人事によって組織イノベーションを成し遂げました。

イノベーションを起こすという腹決め

 イノベーションの開祖であるシュンペーターは、1世紀以上前に「慣行の領域の外に出る」ことを明示しています。

 ドラッカーは、「イノベーションは既存の事業と分離して組織する必要があり、既存の事業と異なるシステム、ルール、評価基準が必要」と述べています。

 クリステンセンも同様です。「マーケティングを推進すると、バリューネットワークという枠組みにはまってしまう。価値の評価基準は各々のバリューネットワークによって異なる、このイノベーションのジレンマを超えなければいけない」と主張しています。古今東西の経済学者、経営学者は等しく"慣行の外"に出る必要性を強調しているのです。

 イノベーションを起こしたければ、経営者は腹決めをするべきです。自ら慣行の外に出る。社員を慣行の外に出す。マーケティング偏重とは異なるカオスを組織にもたらす。危機的状況を生かし切る。大胆な人事で変化を強制的に促す。これらのことをやり切る必要があります。こうすることで初めて、常識に拘泥されている組織の中から、イノベーションを起こす下地をつくることができるのです。

著者プロフィール:井上 功(こう)

株式会社リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブプランナー

1986年リクルート入社、企業の採用支援、組織活性化業務に従事。2001年、HCソリューショングループの立ち上げを実施。以来11年間、リクルートで人と組織の領域のコンサルティングに携わる。2012年より現職。イノベーション支援領域では、イノベーション人材の可視化、人材開発、組織開発、経営指標づくり、組織文化の可視化などに取り組む。

著書:「リクルートの現場力」、「なぜエリート社員がリーダーになると、イノベーションは失敗するのか」(ダイヤモンド社)


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