転換期を迎えたベトナムのヘルスケア産業と事業機会飛躍(1/4 ページ)

今、ベトナムのヘルスケア産業は大きな転換期を迎えようとしている。言うまでもないが、大きく変化するタイミングは、大きな事業機会でもある。

» 2017年06月06日 07時06分 公開
Roland Berger

 初めてベトナムを訪問された方は、ベトナムの「薬剤師診療」に驚かれるのではないだろうか。劣悪な環境で長時間待たされ、(リファーラルプロセスを経なければ)医療費の自己負担も強いられる病院を受診するかわりに、ベトナム人は、街に散在する薬局に「小さな診療所」の役割を求めている。薬局で働く薬剤師は、患者の症状を「診て」、知識と経験をもとに薬を「処方」している。ここでいう「薬」とは、決してOTCに限らない。医療用医薬品でも、医師の処方なく提供する。患者の支払い余力も考慮し、箱単位ではなく、1錠単位で患者に販売しているところも少なくない。

 上記で見られるような、薬局が医療用医薬品の提供を含めたプライマリケアを担うこと自体は、東南アジア諸国連合(ASEAN)では決して珍しいことではない。しかし、上記の点を差し引いたとしても、ベトナムを訪れた誰もが、その医療環境を異質に感じるだろう。本稿は、ASEANの中でも独特な環境にあるベトナムのヘルスケア産業に焦点をあててみたい。というのも、まさに今、ベトナムのヘルスケア産業は大きな転換期を迎えようとしているからだ。そして、言うまでもないが、大きく変化するタイミングは、大きな事業機会でもあるからだ。

 まずは、第1章で、ベトナムの何が独特なのか、について紹介し、続く第2章では、ベトナムヘルスケア産業の大きな変化について紹介する。最終章では、こうした流れがもたらす事業機会について論じてみたい。

1. 政府主導がもたらしたいびつな市場構造

1.1 圧倒的な存在感を持つ公的セクター

 ベトナムは、第二次世界大戦後もいくつかの戦争に関わり、西側諸国から長らく敬遠されていた。しかし、1986年にベトナム政府は改革開放政策を打ち出し、その後経済は成長局面に入った。今日のベトナムは、1億人に迫る人口、国内総生産(GDP)1940億米ドル、1人当たりGDPが2000米ドル(いずれも2015年)に達した新興国であり、ASEANでも有望視される市場の1つと目されている。一方で、長らく政府が産業政策を主導してきたため、多くの産業において、計画経済の名残が垣間見られる。ヘルスケア産業においても、それは例外ではない。

 一言で言えば、ベトナムのヘルスケア産業は、圧倒的に公的セクターのシェアが高い。例えば、ベトナムの医療施設は、病院とコミューンヘルスセンターの大きく2種類に分けられ、全国に約13500施設が存在する。そのうち病院が1246施設だ。さらにその内訳を見てみると、公立病院の数は1063であり、実に病院全体の85%を占める。同じような新興国でも、インドネシアでは公立病院と民間病院の数はほぼ半々だ。圧倒的に民間病院が少ない、というのがベトナムで感じる最初の違和感である。

1.2 極端な都市部への患者集中

 また、都市部への患者集中が極めて進んでいる点も特徴的だ。国全体ではまだまだ病院が足りないにもかかわらず、地方部では病院の稼働率が低いという珍現象が起こっている。

 ベトナムの公的セクターは、等級制度とリファーラルシステムが導入されており、患者の分流と医療の効率化が図られてきた。しかし、新興国ではよく見られることだが、ベトナムにおいても国民の低級病院(プライマリケア/セカンダリケア)への不信感は強い。大都市の大病院への一方的な「迷信」から、本来地方の低級病院でも治療可能な患者が大都市へ集中し、都市部病院の混雑を招いている。一方で、地方の低級病院はそのあおりを受け、稼働率低下を引き起こしている。加えて、富裕層を中心に、レファラルシステムを経ずに、自己負担前提で最初から中央医療機関を受診する患者が増えつつあることも、この傾向に拍車をかけている。

1.3 「ハコモノ」重視

 想像に難くなく、一般的な医療指標で見ると、ベトナムはASEAN 諸国でも見劣りする。ただし、病床数だけは別だ。1万人当たりあたり病床数は20床で、これはブルネイの28床、タイの21床に次ぎ、シンガポールと同程度、マレーシアの19床、ラオスの15床、インドネシアの9床を上回っている(図1)。

 政府主導にありがちだが、ベトナム政府も「ハコ」に偏ってインフラ投資を進めてきた。したがって、1人当たり病床数はASEANでも上位に属する(ただし、都市部ではベッドが全く足りず、地方では余っていることは前述のとおり)。一方で、医療機器などへの投資は遅れており、多くの病院では古い機器を使い続けている。結果的に医療機器の技術改良による医療水準の底上げ効果は、ベトナムではほとんど享受されていない。例えば、超音波(USG)、CT、MRIなどの画像診断装置のスペックを比較してみると、ベトナムの医療機器は周辺国に見劣りする。CTでは、ASEAN近隣国が主に256/SLICEのものを導入しているのに対して、ベトナムは64/SLICEである(一部中古の16‐32/SLICEを使っている病院もある)。また、MRIの比較では、他国は3Tレベルの機器を頻繁に導入しているのに対して、ベトナムは、いまだに1.5Tレベルの機器が主流である。

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