連載
» 2017年10月23日 07時08分 公開

ASEAN:民間が主導する統合医療ネットワーク(IHN)飛躍(4/6 ページ)

[諏訪 雄栄(ローランド・ベルガー),ITmedia]
Roland Berger

 BDMSが海外での病院展開に慎重なのは、BDMSが自身の病院事業における競争優位性の源泉を「タイ人ならではの優れたホスピタリティ」に置いているからだ。BDMSは、メディカルツーリズムの多い中東での病院事業を検討したが、タイ国内と同レベルのホスピタリティを徹底することが難しいため、断念したことがあると言う。その経験から、国外で病院事業をやるよりは、国外の患者をタイに送患するほうが患者満足度を上げられる、と判断している。従って、検体検査事業など病院周辺事業を海外展開の先兵とし、タイに渡航する患者を増やす、という戦略を採っている。

 2つ目の柱は、「エクセレンスの強化」だ。過去数年に亘り、BDMSは、腫瘍領域ではMD Anderson、労働衛生、小児、リハビリではOregon Health and Science University、整形外科ではMissouri Orthopaedic Institute、Hannover Medical School、Stanford University、消化器では佐野病院など、世界のそうそうたる病院と提携を重ねてきた。また、バンコク市内に予防などを目的としたウェルネスセンターや、リハビリテーションセンターの設立も進めており、予防から在宅医療まで幅広く対応できるネットワークを構築している。

 狙いは、「患者1人当たり収入」の最大化だ。前述の通り、患者層が富裕層から中間層へと拡大する中で、患者1人当たりの収入はどうしても減少傾向になる。BDMSの基幹事業である総合病院の収入を最大化するには、同じ治療でも入院日数を減らして病床稼働率を高める必要がある。そのために、先進国の医療機関との提携で、低侵襲手術などの最先端の医療を導入するのである。一方で、来院した富裕層患者に予防から在宅医療まで長期亘って提供することで、1人の患者からの患者生涯価値を高めることができる。

 総合病院の展開をタイ国内、中でもバンコクに最先端の医療を集中させて、患者1人当たりの収入(Revenue Intensity)を高めることが、総合病院事業での生き残りの鍵だと考えているのである。

 上記2つの柱は、まさに総合病院事業の生き残りにむけた戦略であったが、総合病院依存からの脱却を目指すのが3つ目の柱である「病院周辺事業の拡大」だ。BDMSは、保険事業を担うBangkok Health Insurance、Bangkok Premium Health Insurance、病院情報システムを担うGreenline Synergy、検体検査事業のN Health(National Healthcare System)、薬局を展開するSave Drugなど、多岐に亘る病院周辺事業を傘下に有している。「有している」と表現したのは、元来、これらの周辺事業体の主たる役割は、BDMSグループのシェアードサービスとして位置付けられていたからだ。BDMSが、病院周辺事業の外部への提供を本格的に始めたのは、ここ数年のことである。

 事業展開の目的は2つだ。1つは前述の通り「海外展開の先兵」を担うこと。検体検査事業を行うN Healthは、2017年3月にヤンゴンでの事業展開を開始した。今後は、インドネシアやフィリピンへの展開も検討中という。まずは検体検査事業で市場性を理解し、タイへの送患可能性、及び当該国での病院事業展開可能性を模索していく戦略である。2つ目の目的は、「総合病院事業依存からの脱却」である。海外展開を慎重に進める以上、総合病院事業の成長はこれまでのようなスピードというわけにはいかない。病院周辺事業を伸ばすことで、医療ネットワークとしての総合力を高めていくことが結果的に総合病院事業にも資する、との考え方である。

 BDMSの事例から分かることは、総合病院グループは、今後ますます「体力勝負」になるということである。疾患での専門性を高めると同時に、他地域展開でネットワーク化を進め、さらに周辺事業にまで展開していくことができる総合病院グループは、ASEAN広しと言えども、それほど多くはない。民間病院は、今後ますます統廃合が進んでいくのではないだろうか。

2.2 Fullerton Health(シンガポール)

 Fullerton Healthは、シンガポールに本社を持ち、シンガポール、インドネシア、マレーシア、香港、オーストラリア5カ国で、「企業向けヘルスケアサービス」を展開する企業である。主たる事業は2つで、いずれも顧客企業の「医療費を抑制したい」というニーズに合致したサービスである。

 1つは、プライマリーケアの提供。Fullerton Healthは、シンガポールに44拠点、インドネシアに71拠点、オーストラリアに70拠点、香港に11拠点のプライマリーケアクリニック(メディカルセンター)を展開している。展開場所は、オフィスビルだったり、場合によっては顧客企業のオフィス内だったりで、顧客企業にとって便利な場所で、健康診断から一次診療までを提供している。顧客企業は、従業員に対し、いきなり総合病院を受診するのではなく、Fullerton Healthのメディカルセンターを受診するよう推奨することで、医療費を抑制することができる。また、メディカルセンターでの定期的な健康診断で、予防への意識を高めることも可能だ。

 2つ目は、企業型医療保険/自家保険の業務代行(Medical Billing Management Service)だ。Fullerton Healthが5カ国全てで展開する最注力事業で、顧客企業に対し、医療機関でのキャッシュレスサービス、保険請求の審査/支払い、医療費抑制のためのコンサルテーションなどを提供している。Fullerton Healthがキャッシュレスサービスを提供する医療機関は4500にのぼり、インドネシアだけでも1500に達する。顧客企業の従業員は、キャッシュレスサービスを利用できる医療機関を受診する傾向にあるため、キャッシュレスサービスを提供する医療機関を「絞り込む」ことで、医療費の適正化を図ることができる。例えば、医療費が高額な外国人向けクリニックや、過去に不正請求があった医療機関、同じ治療に対し平均より大幅に高い医療機関などをキャッシュレスプロバイダリストから外すと、従業員の受診行動は明確に変化する。

 Fullertonは、顧客企業の従業員が受診した際の医療費請求の莫大(ばくだい)なデータを活用して、病院の治療方針への介入も実施している。例えば、デング熱に罹患した場合の平均入院日数は4日間程度、というデータがあれば、ある患者からデング熱で2週間の入院、という請求があった場合、病院に対して、入院が長期化した理由を問い合わせ、正当な理由がなければ支払を拒否する。病院側も、キャッシュレスプロバイダから外されると、Fullertonの顧客企業からの受診が激減するため、過剰請求を慎むようになる。

また、従業員別の受診データなどから、その企業で多く見られる疾患や、特定従業員の受診に多額の医療費が支払われていることなどを分析し、必要な予防策、対応策を提案している。

 これら2つのサービスによって、Fullerton Healthは、顧客企業の医療費抑制ニーズに対応している。Fullertonの強みは、顧客企業従業員がどの病院を受診するか、という意思決定に対し、強く影響を与えることができるということだ。メディカルセンターを設置することでプライマリケアへの受診を推奨したり、セカンダリケア以上が必要な場合も、キャッシュレスプロバイダリストを絞り込むことで、適正な医療費が請求される医療機関の受診を促すことができる。

 従来、ASEANの民間病院は、富裕層向けが中心だったこともあり、患者は在籍する専門医によって受診する医療機関を決めていた。民間病院側は、質の高い専門医をそろえることが競争戦略上最重要で、あとはその分を診療単価に反映すればよかった。しかし、患者の裾野が広がった現在では、質の高い専門医をそろえると同時に、適正な医療費に抑えることで、Fullerton HealthのようなMBMSプロバイダ、ひいては顧客企業から選ばれることが必要になった。

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