4社の具体例から、ASEANヘルスケア業界のパラダイムシフトを感じてもらえたのではないだろうか。医療インフラが未成熟なASEANでは、成長セクターとして、特に総合病院が注目されがちだった。しかし、今後は、総合病院のみならず、専門病院、クリニック、検体検査センター、薬局、など、より「プライマリケア」に近い領域が注目されるようになるだろう。
もう1つのトレンドは、「ネットワーク化」だ。プライマリケアの特徴は、総合病院以上にフラグメントだということだ。つまり、プライマリケアをネットワーク化できるプレイヤー、例えば上述のFullerton HealthやSanitasのようなプレイヤーが存在感を増してくる可能性が高い。
また、患者の流れを決定的に変える可能性があるのが、「医療費の財布」を管理する、医療保険や自家保険代行会社(MBMS)だ。「医療費を抑制する」という付加価値を武器に、彼らが顧客企業を取り込んでネットワーク化していけば、患者を捕まえたい病院、医薬品を使ってもらいたい医薬品メーカーなど、あらゆる既存プレイヤーがビジネスモデルを変える必要が出てくるかもしれない。
「わが国の医療は新しいモデルを必要としている。この国の中間層が求める安価で良質な医療を提供できる『エコシステム』をつくりたい」
2017年に入って、上記のような趣旨の相談が、ASEAN各国を代表する財閥グループ複数から舞い込んでくるようになった。あるグループは既にヘルスケアに参入しているし、あるグループはこれからヘルスケアに参入を検討しているグループだ。共通して目指す姿は、「医療のネットワーク化」、そして「中間層への安価で良質な医療の提供」だ。あらゆる分野でASEANの経済発展を担ってきた大手財閥グループが、医療のネットワーク化を次のアジェンダとして位置付けていることを目の当たりにし、筆者もASEANのヘルスケア産業が向かう未来に確信を強めている。
「中間層向けに安価で良質な医療を提供する」という目的のもとに医療がネットワーク化された時、既存のヘルスケアプレイヤーにはどのような影響があるだろうか。第2章で述べた通り、ネットワーク型モデルにおいては、医療保険、MBMSなどの「財布」を持ったプレイヤーや、プライマリケアを担うクリニックなどが、患者の受診行動に大きな影響を与えるようになる。
従来の世界で患者の受診行動に決定的な役割を担っていたのは、医師、特に総合病院に在籍する専門医だ。そのため、製薬会社や医療機器メーカーは、医師の関心事、意思決定に細心の注意を払いながら事業を組み立ててきていたが、これからは「医師だけ」というわけにはいかない。医師にこれまで同様の注意を払いつつ、保険者や開業医などより広範なステークホルダーにも注意を払う必要がある。
2016年第4四半期、インドネシアは医薬品市場が「減少」に転じた。2014年の皆保険開始から2年、ますます伸びていくと目されていた医薬品市場がマイナス成長したことは、現地に拠点をおく製薬会社に衝撃を与えた。
2017年に入り、検査機器メーカーからは、「機器は順調に売れているが、試薬の使用量が明らかに減っている」との声が相次いだ。検査機器の中には、プリンターやカミソリなどと同様に、機器を安価または無償で提供し、試薬で利益を回収するモデルで販売されている機器が多い。機器の販売が経て、試薬の使用量が減るというのは、機器メーカーにとっては由々しき事態だ。
医薬品市場のマイナス成長や、試薬の使用量の減少。これは一過性の現象なのだろうか、それとも大きな変化が起こりつつあるのだろうか。本稿でのトレンドを踏まえると、保険者からの圧力が増したことで、医薬品の過剰投与や不必要な検査が適正化される過程にある、と捉えるのが妥当ではないだろうか。この変化を好機と捉え、ビジネスモデルを変革できるプレイヤーこそが、5年後の勝者であると確信する。
諏訪雄栄(SUWA Yoshihiro)
ローランド・ベルガー パートナー、東南アジアヘルスケアプラクティスリーダー(ジャカルタオフィス在籍)
京都大学法学部卒業後、ローランド・ベルガーに参画。日本および欧州においてコンサルティングに従事。その後、ノバルティスファーマを経て、復職。製薬、医療機器、消費財を中心に幅広いクライアントにおいて、成長戦略、海外事業戦略、マーケティング戦略、市場参入戦略(特に新興国)のプロジェクト経験を多数有する。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授