ASEAN:民間が主導する統合医療ネットワーク(IHN)飛躍(1/6 ページ)

ASEANの民間ヘルスケアセクターではどのような構造的変化が起こっているのか。

» 2017年10月23日 07時08分 公開
Roland Berger

1. 正念場を迎えた「総合病院」モデル

 アジア最大の民間病院グループであるIHHヘルスケアの2016年第3四半期の業績は、売上が前年同期比18%増の24億リンギット、EBITDAは前年同期比15%増の5.5億リンギットだった。売上、EBITDAともに2桁成長を達成したものの、売上高EBITDA率は前年同期の23.1%から22.4%へと若干落ち込んだ。グループの稼ぎ頭であるシンガポールでは、売上が前年同期比8%増、EBITDAが15%増。売上は、四半期決算で初めて2桁成長を割り込んだ。特に、入院患者一人当たり医療費は、前年同期の2万6千844リンギットから2万6千038リンギットへのマイナス成長となり、売上成長鈍化の主要因となった。「医療ツーリズムの鈍化が認められるものの、国内患者が大きく増加している。しかし、外国人患者と比べ国内患者一人当たりの医療費は低く抑えられがちだ」とIHH経営陣は述べている。

 アジア第2位で、タイ最大の民間病院グループであるBDMSの2016年第3四半期の業績は、売上が前年同期比12%増の182億タイバーツ、EBITDAは前年同期比12%増の39億タイバーツだった。Mayo Hospitalの買収など新規病院が成長に寄与する一方、既存病院の売上高成長率は8%にとどまった。これまで稼ぎ頭であった中東からの医療ツーリズムは鈍化し、外国人患者では日本人が最も多かった。医療を求めて日本からタイを訪れる日本人は限定的であることから、6万人を超えるとされる在留邦人が中心と見られる。BDMS経営陣は、カンボジアやミャンマーなど、近隣国からの医療ツーリズムは大きく増加傾向にある、と話すが、裕福かつ遠方から渡航する中東の患者層と比べると、やはり重症度でも支払余力でも劣る患者が中心になるだろう。BDMSの決算でもう1つ目を引いたのは、「医療保険を利用する患者の構成比が高まっている」という分析だ。BDMSを訪れる患者のうち保険加入者は、2015年には22%だったが、2016年第3四半期までの9カ月では24%に増加、自己負担、公的保険など他のセグメントの構成比が減少する中で唯一増加基調にある。

 マレーシア大手のKPJヘルスケアの2016年第3四半期までの9カ月間の業績は、外来患者数が前年比マイナス0.9%の186万人、入院患者数が0.8%増の21万人だった。同病院は売上の70%を保険加入者から稼いでおり、そちらは堅調だが、自己負担患者の減少が続いており、回復は2018年以降になるだろう、と述べている。KPJは、域内最大市場であるインドネシアでも2病院を運営している。インドネシアでの売上は前年比15%で成長しているものの、病床稼働率はRS Permata Hijauが48.1%、RS Bumi Serpong Damaiが40.1%と苦戦が続いている。

 インドネシア最大の民間病院グループであるSiloam Hospitalsの2016年第3四半期までの9カ月間の業績は、売上が前年比27%増の3.8兆ルピア、EBITDAが19%増の5000億ルピアだった。同グループは、グループの23病院を開院時期や場所などによって「Mature」「Developed」「Distinct」「New」の4つに分類しているが、最も古参で、患者数の4割を稼ぐ「Mature」に属する5病院における2016年第3四半期の患者数は、外来患者が前年同期比6%増、入院患者が3%増と、上場後で最も低成長にとどまった。同グループのさらなる成長は、今後も続く新規総合病院の開設と、Siloam Clinic / Siloam Medikaのようなクリニック型施設がけん引する。

 2016年第3四半期決算は、ASEANのヘルスケア市場にとって、大きな変曲点を迎えたと言うにふさわしい内容となった。置かれている状況は少しずつ異なるものの、各グループとも、「売上、EBITDA、患者数、全てが2桁成長」というような状況ではなくなっている。ASEAN主要6カ国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、シンガポール、ベトナム)の国民医療費は2014年で1050億ドルで、ローランド・ベルガーの予測では、2020年には2400億ドルに達する。

 この期間の年平均成長率は14.7%で、依然として「2桁成長が続く魅力的な市場」だ。にもかかわらず、ASEANを代表する民間病院グループの業績は、既に鈍化の兆しが見え始めている。それとも成長の鈍化は一時的なもので、また成長軌道に戻るのだろうか。筆者の見立ては、「民間ヘルスケアセクターは構造的変化に直面しており、従来の総合病院モデルは既に曲がり角。今後はこれに変わるネットワーク型の医療モデルに移行しなければならない」というものだ。

 本稿は、従来の総合病院モデルに変わるネットワーク型医療モデルと、その鍵となるプレイヤー、そこで求められる新たなテクノロジーに焦点を当てることを目的としている。そこでまずは、その大前提として、ASEANの民間ヘルスケアセクターではどのような構造的変化が起こっているのか、について論じてみたい。

1.1 メディカルツーリズムの鈍化

  • メディカルツーリズムの市場規模は2012年に100億ドルだった。今後メディカルツーリズム市場は、年平均17.9%で成長し、2019年までに325億ドルに達する見込み
  • メディカルツーリズム市場の成長率は、医療機器、医薬品、医療保険などヘルスケアを構成するどの市場の成長率よりも高く、最も有望視されている市場
  • メキシコ、インド、東南アジア(シンガポール、タイ、マレーシア)は市場成長の恩恵を最も受けるであろう国々

 メディカルツーリズムに関しては、こうしたトーンの記事をよく見掛ける一方、「メディカルツーリズムが鈍化している」という論調を見掛けることは、まずないのではないだろうか。しかし、冒頭のIHHやBDMSの業績を見ての通り、メディカルルーリズムは、「市場成長の恩恵を最も受けるであろう」ASEANにおいても、民間病院の成長のけん引役の座から既に降りようとしている。

 その背景を理解するために、ここでは、患者にメディカルツーリズムを促す要因について一段掘り下げてみたい。ここではメディカルツーリズムを嗜好する患者は大きく3つのタイプに分類し、それぞれの需要決定要因について考えてみたい。

1.1.1 自国より「安価」な医療を求める患者(「先進国から新興国」型)

 1つ目の患者層は、自国の医療水準は十分に満足できるレベルにあるものの、その医療費(およびその自己負担)が高過ぎるため、安価な医療を求めて海外に渡航する患者だ。代表的な国が米国である。米国の医療費は世界一高いため、国内で医療を受けられずに海外に渡航するケースが見られる。代表的な受益国は隣国のメキシコだ。

 この層の特徴は、「先進国」から「新興国」への渡航が多く、需要が「先進国の医療制度」によって決定されることだ。先進国でも(日本のように)医療制度が整備されていて、誰でも良質な医療を受けられる環境があれば、わざわざ海外に渡航するケースは極めて少ない。

1.1.2 自国より「質の高い」医療を求める患者(「新興国から先進国」型)

 2つ目の患者層は、自国の医療水準に満足できず、より質の高い医療を求めて海外に渡航する患者だ。代表的な国はインドネシアだ。インドネシアの患者は、国内の医療に不信感を持っているため、富裕層を中心にシンガポールやマレーシアに渡航する。

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