常に世界最高の技術をもって社会に貢献するために必要なIT戦略とは――JFEスチール 常務執行役員 新田哲氏「等身大のCIO」ガートナー 浅田徹の企業訪問記(2/2 ページ)

» 2020年04月07日 07時05分 公開
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――これまで仕事をしてきた中で、常に思っていたこと、信条などはありますか。

 コミュニケーションが大事だと思っています。コミュニケーションといっても、表面的なものではなく、お互いにしっかりと理解しあうコミュニケーションです。これまでにいくつかのプロジェクトを見てきましたが、プロジェクトの遅延が起きる最大の理由はコミュニケーション不足です。

5年連続「攻めのIT経営銘柄」に選定された戦略とは

――攻めのIT経営銘柄にも選ばれたIT戦略についてお聞かせください。

 攻めのIT経営銘柄で、経済産業省に提出したテーマは、いずれも経営課題や業務課題を解決するためのもので、ITビジョンと3つの施策で推進しています。ITビジョンは「継続的業務改革」と「戦略的IT活用」によりお客さま機軸で「価値」を創造し、迅速に変化に対応できるグローバルレベルのIT先進企業を目指す、というものです。

 「グローバルレベルのIT活用」というキーワードは、自前主義、自作主義で満足していた当時のIT部門の視野を広げるために非常に重要でした。1つの手段として、新しいシステム導入のときには、必ずその領域に関して、ガートナーのレポートやアナリスト意見をレファレンスするというルールを作りました。

 そのおかげで、世の中のデファクトとなる最新のテクノロジーを着実に導入できるようになったので、ガートナーには心より感謝しています。

 次に3つの施策ですが、「IT構造改革の断行」「IT活用レベルの高度化」「ITリスク管理強化」の3つを柱に、さまざまな取り組みを推進しています。IT構造改革の断行は、IT改革推進部の約60人、製鉄所業務プロセス改革班の約80人、JFEシステムズの約700人が、レガシーの刷新を中心とした変化に強い柔軟なIT環境の実現に取り組んでいます。

 IT活用レベルの高度化は、既存のIT部門に加えてデータサイエンスプロジェクト部という新しい組織と研究開発部門のサイバーフィジカルシステム研究開発部が、AIやビッグデータを活用した製造設備保全の革新など、安全・安定操業や業務スピードの飛躍的な向上に取り組んでいます。

 ITリスク管理強化では、2015年にJFE-SIRTをJFEホールディングスに設置し、「JFEグループサイバーセキュリティ経営宣言」を策定することで、経営主導によるサイバーセキュリティ対策のより一層の強化と安全なIT利用環境の実現を推進しています。

――レガシーの刷新は、多くの会社がその必要性を経営層に理解してもらえずに苦労しています。刷新が必要な理由をどのように経営層に伝えたのでしょう。

 業務改革を阻害していること、技能伝承ができないこと、システムの維持管理が困難なことを訴えました。JFEスチールが誕生したときにJ-Smileを構築しているのですが、そのときに基幹システムの重要性や、基幹システムはビジネスを担う重要な要素の1つであることが経営レベルで広く理解され、現在まで引き継がれていると考えています。

経営課題、業務課題を把握してITをマッチング

――これからのITを担っていく人たちは、ITだけでも、ビジネスだけでもダメで、いろいろな経験が必要になると思っています。これからのIT人財には、どのようなスキルが求められるのでしょう。

 約6年前から、IT部門への配置も視野に入れた新卒採用を開始しています。まずは製鉄所のビジネス部門に配属し、最終的にはITも、ビジネスも分かる人材を育成していくことを目指しています。IT人財の採用において、攻めのIT経営銘柄に選定されたことは非常に有効になっています。

――ユーザー企業における、これからのIT部門の在り方、IT人材のあるべき姿、どのような心構えで仕事をすることが求められるのかをうかがえますか。

 バズワードに踊らされることが多いのですが、まずは経営課題、業務課題の設定が重要ではないでしょうか。経営課題、業務課題を明らかにして、最新テクノロジーをマッチングさせないと業務改革は成功しません。IT部門にとって重要なのは、経営課題、業務課題の把握、最新テクノロジーの理解、そしてこれらをつなぐことです。ツールをどう使うかではなく、課題をいかに解決するかが重要です。

 そのためには、まずはビジネス部門の話をよく聞くことです。ただし、システムユーザーの要望がそのまま課題ということではありません。ビジネス部門の本質的な悩みを理解し、真の課題を把握することが重要です。そうして把握できた本質的な悩み、課題を解決するための手段の1つがITの活用です。そのためにコミュニケーションが重要になるのです。ビジネスの理解とコミュニケーション能力が、これからのIT人財に求められると考えています。

――最後に、次の世代のIT人材にメッセージをお願いします。

 IT部門に所属していたときには、業務時間の約80%はシステムのことを考えていました。仕事の8割がITなので、世の中がITを中心に回っていると感じており、業務部門もそう考えていると勘違いしていました。実際に業務部門に所属してみると、システムのことを考えるのは1%程度に過ぎませんでした。IT部門と業務部門、それぞれの仕事で使う筋肉がまったく違うので、まったく違う世界だということを実感しました。若いエンジニアの皆さんは、ITだけでなく、ビジネス面でもたくさんの経験をしてもらいたいと思っています。

JFEスチール 新田氏(右)、ガートナー 浅田氏

対談を終えて

今回、新田さんにご登場いただいたのは、新田さんが、大企業のCIOとして多くの実績を挙げているからだけではありません。それを成し遂げた背景として、CIOの一つのモデルになるようなキャリアとマインドセットをお持ちになられていると思ったからです。

まず、IT部門とビジネス部門の両方を経験されていること。IT部門では実際のプログラミング、ビジネス部門では第一線の営業と、それぞれの現場も経験されています。

また、ITの活用の目的として、経営課題や業務課題の解決という、明確な目的意識をお持ちになっていること。ITの活用はあくまで課題解決の手段であり、目的ではないということを理解されていらっしゃいます。さらに、コミュニケーションを大切にしていらっしゃること。これからのCIOにとって、ビジネス部門のニーズをしっかりと把握し、経営陣を巻き込むためにも、コミュニケーションはますます重要になると思います。今回の対談で、新田さんからお話を伺って、そうした思いを改めて持ちました。

プロフィール

浅田徹(Toru Asada)

ガートナージャパン エグゼクティブ プログラム バイスプレジデント

2016年7月ガートナージャパン入社。エグゼクティブ プログラム エグゼクティブパートナーに就任。ガートナージャパン入社以前は、1987年日本銀行に入行し、同行にて、システム情報局、信用機構室、人事局等で勤務。システム情報局では、のべ約23年間、業務アプリケーション、システムインフラ、情報セキュリティなど、日銀のIT全般にわたり、企画・構築・運用に従事。とくに、日本経済の基幹決済システムを刷新した新日銀ネット構築プロジェクト(2010年〜2015年)では、チーフアーキテクトおよび開発課長として実開発作業を統括。2013年、日銀初のシステム技術担当参事役(CTO:Chief Technology Officer)に就任。日銀ITの中長期計画の策定にあたる。

2018年8月、エグゼクティブ プログラムの日本統括責任者に就任。

京都大学大学院(情報工学修士)および、カーネギーメロン大学大学院(ソフト

ウェア工学修士)を修了。


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