健康リスクが高まっている現在、企業で健康管理を行うことは重要な取り組みの一つ。もし少しでも健康リスクを感じた場合、産業医を上手に活用することが有効になる。
ITmedia エグゼクティブ勉強会に、リバランスの代表で産業医である池井佑丞氏が登場。「病気を治す医療」ではなく「病気にさせない医療」の実現を目指して産業医となり、「全ての企業に健康経営を提供する」ことを目的に活動している。、今回はこれまでに培ってきた経験、ノウハウをもとに、「コロナ禍でのメンタル・フィジカル健康管理術」について紹介した。
池井氏は、もともとプロアスリートとして活動していたが、2008年に医師となり、2015年に日立グループの産業医に就任。全国300支社、および営業所を診る統括産業医として、従業員約1万人の健康を守っている。2017年には、従業員の健康を守ることで、社内の活力や生産性を向上させる健康経営の実践を目的にリバランスを創業した。
「コロナ禍が1年以上続いている現在、ウイルスへの感染の不安、リモートワーク等への変化による不調など、メンタル、フィジカル両面からの健康相談が増えています。こうした状況下において、企業には労働者の健康と安全に配慮する“安全配慮義務”の履行が一層求められます。一方、労働者側も、健康管理を怠ったために労務に著しく悪影響を及ぼすことを防ぐ“健康保持義務”を心掛けなければなりません」(池井氏)。
安全配慮義務と健康保持義務の両面で取り組みを推進することで、企業と労働者のウイン・ウインの健康管理が実現可能となる。安全配慮義務を怠った事例として、高血圧と診断されたSEのチームリーダーが、長時間かつ責任の重い勤務に従事した結果、脳出血を発症したというものがある。この事例では、企業には労働者の年齢、健康状態などに応じて適切な措置をとるべき義務を負うとして、第一審で被告の責任が肯定された。
こうした事例をいかに防ぐかが、安全配慮義務の基本の基本である。安全配慮義務を判断するポイントは、以下の3つ。
(1)予見可能性:その業務により事故や疾病が発生する可能性を予測できたか。
(2)結果回避可能性:危険が予見可能で、結果の回避も可能だったか。
(3)相当因果関係:結果回避努力不履行と事故・疾病の間に因果関係が認められるか。
3つのポイントを専門的な知見や経験が必要であるため、産業医に相談することが1番の安全配慮策となる。
また、人的資本に対して、健康投資を行っていく「健康経営」も経営にプラスになる。健康経営により、従業員の健康が増進され、活力の向上につながる。さらに組織の活性化や生産性の向上につながり、企業にとっては、業績の向上、企業価値の向上も見込める。米国のヘルスケア関連企業の調査では、健康経営に対する1ドルの投資で、3ドルのリターンが見込めることも報告されている。
池井氏は、「産業医として思うのは、日本には終身雇用という考えが基本にあり、定年まで元気に働く大切な仲間として、企業側もサポートしてほしいということ。しかし何の対策もしないと、企業の管理体制が問われる健康状態の人が、優れた企業でも10〜15%、過重労働のある企業では20%を超えているのが実情。社員の健康を改善させ、健康リスクを低減するには、見識のある産業医に任せるのが1番です」と話している。
産業医は、健康リスクを「就業状況×健康状態」で管理している。就業状況は「過重労働」や「ハラスメント」などがないかがポイントであり、健康状態は「生活習慣病」や「メンタル不調」などがないかがポイントになる。健康リスクを管理するためには、(1)勤怠データ、(2)健康診断および(3)聞き取りの3つの健康管理データの活用が有効になる。
(1)勤怠データ
勤怠データで分かるのは、欠勤の目立つ人はいないか、過重労働がないかの大きく2つ。過重労働が積み重なると睡眠に影響を及ぼし、心身にさまざまな疾患をもたらす。睡眠時間と生活習慣病の関係では、睡眠時間が7時間以上あれば心血管障害リスクは低いが、5時間になるとリスクは2.2倍になる。また睡眠障害とうつ病の関係では、不眠症のある人は3年後のうつ病発症率が4倍で、睡眠障害を伴ううつ病患者の割合は85%に上る。
「睡眠障害は、フィジカルにもメンタルにも大きな悪影響を及ぼします。過重労働の管理は睡眠の管理であるということを忘れず、毎月の勤怠データを活用して適切に管理することが必要です」(池井氏)
(2)健康診断
健康診断は、健康管理の第一歩であり、健康診断が活用できていれば、健康リスクは大幅に低減できるが、健康診断を有効活用している企業は多くない。健康診断で、もっとも分かりやすいのは生活習慣病である。生活習慣病の患者数は、高血圧が約677万人、糖尿病が約317万人、脂質異常症が約147万人である。生活習慣病を放置しておくと、心筋梗塞や脳梗塞などのリスクがある。
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早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授