デジタルトランスフォーメーションを、不満や不足、不便といったネガティブな課題をデジタルによって解決する、という側面だけで見るとこれまでの延長線を脱することができない。デジタルによってできることを増やす、新たな体験が可能になる、そうした可能性によって事業の姿を新たに導くという捉え方ができる。つまり、デジタルによってこれまでの事業に新たなギャップを生み出せるのだ。デジタルトランスフォーメーションを問題解決のためのものとだけ見るのではなく、新たに答えるべき「問い」自体を生み出すと捉えよう。こうした観点で、やはりデジタルトランスフォーメーションは組織の新陳代謝を促す旗印であり、組織内の合意形成を促す貴重な手段ともいえるのだ。
もちろん、デジタル技術自体は手段のため、デジタル活用だけを念頭におくと本質的な価値が置き去りになる。誰にとって何が価値なのか、あくまでこの仮説の探索と検証結果に基づく適応が不可欠だ。この点を決して置き去りにしてはならない。
新規事業の立ち上げに、仮説検証とアジャイルによる探索適応は言うまでもなく必要である。さらにここまで述べたように、既存事業の質的向上を目指すにあたっても求められるとなれば、仮説検証とアジャイルを自分たちのものにすることは組織を挙げての取り組みになる。なお、さらにこうしたことの前提となるのが、仕事環境のデジタル化と人材育成であるというのはこれまでの連載の通りだ。
新規だからではなく、新規も既存もとなると両者における違いはどういった点なのか。これは、要はどれほど探索適応が求められるかという度合いの問題となる。
新規事業ではたいていの場合、事前にわ分かっていることが少ない。ゆえに探索の時間が長くなる。一方、既存事業では「顧客や提供価値を根本的に変える」ところから始めるのはまれであろう(それはもはやピボットに値する)。探索は必要にはなるが、新規ほどの規模感にはならない。
顧客の状況や置かれている環境を捉え直すためのインタビューや現場観察を行う。場合によっては組織の内の声として、「顧客のことはすでに知っている、探求など必要ない」という意見も出てくるだろう。顧客に関して培った知見は活用すべきだが、数年単位で顧客状況の捉え直しを行っていないとしたら、間違いなく探索に出た方が良い。
コロナによってサービス提供側の事情、状況が変わっているように、顧客の環境も等しく変わっているのだから。前提が変わっているとみて、予断を持たず探索したほうが良い。思いの外、新たな発見を得ることだろう。
それから、業界・業務と親和性のありそうなデジタル技術の調査を行い、そこから得られるベネフィットについて仮説を立てよう。探索した結果から顧客の状況に適した技術を選択し、ソリューションの組み立てを行う。もちろん、構想だけではなく検証まで行う。構想と実現のボレー(反復活動)によってこそ、価値の確らしさが得られるからだ。
新規も既存もその在り方を問うとなれば、デジタルトランスフォーメーションとは組織のありたい姿を再定義する機会といえる。これは組織のいたるところにありたい姿と現状との間でのギャップが生まれていくことにほかならない。組織を活性化することになるが同時にやるべきことが格段に増えるだろう。
特に、デジタルの活用は慣れない仕事になる。新規と既存両者のバランスを踏まえた、やるべきことのポートフォリオを組もう。こうしたやるべきことに濃淡をつけ、取り組む順序を明らかにし、自組織内の認識を合わせていくには「バックログ」という概念が適している。バックログとはアジャイルにおける概念で、チームで仕事に取り組むための共通認識をリストにしたものだ。こうした方法をチームという単位だけではなく、部署といった組織のレベルで適用しよう。
次回は、こうしたアジャイルの考えを組織運営へと適用し、組織全体で探索適応の動きを取れるようにしていくための方策を紹介する。
株式会社レッドジャーニー 代表 / 元政府CIO補佐官 / DevLOVE オーガナイザー
大学卒業後、プログラマーとしてキャリアをスタートする。国内大手SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサーやアジャイル開発の実践を経て独立。現在は日本のデジタルトランスフォーメーションを推進するレッドジャーニーの代表として、大企業や国、地方企業のDX支援に取り組む。新規事業の創出や組織変革などに伴走し、ともにつくり、課題を乗り越え続けている。訳書に「リーン開発の現場」、おもな著書に「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」「チーム・ジャーニー」「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」がある。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授