人の感性とデジタルのバランスで商品やサービスの変革へ ―― 三井農林 佐伯光則社長デジタル変革の旗手たち(1/2 ページ)

1909年の創業以来、「自然の恵み・伝統と先進技術の融合により、世界に笑顔を届けます」というミッションに基づき、紅茶や緑茶を中心にした飲料、および飲料原料の製造、販売を事業として展開してきた三井農林。100年以上の歴史を持つ同社が、いかにデジタルを活用して変革を進めているのか。ITmediaエグゼクティブのエグゼクティブプロデューサーである浅井英二が話を聞いた。

» 2022年07月19日 07時02分 公開
三井農林 代表取締役社長 佐伯光則氏

 1927年の発売以来、「舶来の高級品」「ハイカラな飲み物」として、庶民には手の届かない贅沢品だった紅茶を、より多くの人に、より手頃な価格で提供することを目的に、日本初の国産ブランド紅茶「三井紅茶」を誕生させた三井農林。その後、ブランド名を現在の「日東紅茶」に変更し、紅茶の普及と啓発を進めるとともに、時代の変化に合わせた新しい製品を提供、現在、国内の紅茶市場において25%のトップシェアを誇っている。(※インテージSRIデータ(販売金額)/エリア:全国/業態:全業態/期間:2021年1月〜12月)

 取り組みの一環として、SNSやAIなどのデジタルテクノロジーを活用、多様化する顧客のニーズに柔軟かつ迅速に対応し、さらなる付加価値の提供と顧客満足度の向上を目指すデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進している。三井農林のDXの取り組みについて、代表取締役社長の佐伯光則氏に話を聞いた。

消費行動や価値観の多様化、デジタルでどう対応?

 現在、三井農林が直面している課題について佐伯氏は、次のように語る。「食品業界だけではありませんが、現在の最大の課題はお客さまの価値観が多様化していることです。新型コロナウイルスの感染拡大により、消費行動の変化が加速していることに加え、生活環境やライフスタイルも大きく変化し、価値観も多様化しています。世代ごとに見ても大きく異なっています」

 例えば、30代、40代では、消費行動はモノからコトにシフトしており、ワークライフバランスの充実などを重視する傾向にある。10代、20代になると、消費や所有にこだわらないといった特徴も見えてきている。多様化に向き合うためには、スピード感のある施策の実施が不可欠で、それを実現できなければ、ニーズを満たせなくなり、モノも売れなくなると佐伯氏は危機感を募らせる。

 加えてコロナ禍による需要の変化だ。三井農林の紅茶・緑茶事業には、家庭用、業務用、飲料メーカー用の大きく3つの領域がある。家庭用に関しては、在宅勤務や巣ごもりによる需要や高付加価値系の新しい商品の開発などにより、売り上げが拡大。一方、カラオケ店や居酒屋などの業務用に関しては、営業時間の短縮や外食の機会の減少、席数の間引きなどにより、消費量が減っている。同様に飲料メーカー用も、特に携帯用の500ミリのペットボトルの需要が減っている。

 佐伯氏は、コロナ禍の終息による飲食業界の回復を心待ちにする一方、日東紅茶というブランドを強くするという側面では、デジタルテクノロジーを活用する大きなチャンスだと捉えている。顧客接点となるインタフェースを容易に実現することができ、ビジネス変革が期待できるからだ。三井農林では、2021年〜2022年にかけて、新しい体験型ECサイト「nittoh.1909」、日東紅茶ブランドをバーチャル体験できる公式オンラインショップ「日東紅茶TeaMart」、業務用チャネル「TEA BREAK」などを矢継ぎ早に展開、また、SNSも活用し始めている。

 「単に商品を購入してもらうだけでなく、SNSを使ったアンケートやファンミーティングなどで、サービスやブランドに興味、関心を持ってもらい、ファンになってもらいたいと考えています。そのためには、AIやビッグデータなどを活用して商品開発を加速、そのプロセスも可視化し、お客さまのデマンドに合った価値を作り上げることが不可欠です。商品価値、ブランド価値の向上に向け、デジタルテクノロジーに対する期待は大きくなっています」(佐伯氏)。

デジタル活用は選択肢のひとつだがその成否がビジネスを左右する

 デジタルテクノロジーを活用した取り組みのひとつにAIを駆使した商品開発がある。例えば、「AIによるパッケージデザイン評価」や「SNSデータ解析によるトレンド予測」だ。

 AIによるパッケージデザイン評価は、複数のパッケージデザイン案から、どのデザインが商品のコンセプトに合致しており、かつ消費者に受け入れられやすいかをAIにより判断する。この取り組みでは、「性別・年代別でどのデザインに好意を持つか」「デザインの好意に寄与するのはパッケージのどの部分か」「デザインと特定ワードの親和性の予測」をAIとビッグデータにより解析することで、新たなジャンルの新商品「ミルクとけだすティーバッグ」のパッケージデザインを決定した。お湯を注ぐだけで簡単に茶葉から抽出したミルクティーが作れるという手軽さも消費者に受け、想定を超える売り上げを実現している。

 「最終的には人の判断ですが、文字のフォントや文字サイズ、色、イメージの配置など、パッケージのデザインの多くの部分でAIを活用しています。これまでのパッケージデザインでは、“このデザインがいいのでは”といった感覚でデザインを決めていましたが、結果としてヒット商品が出やすくなったのは、AIとビッグデータ分析の活用が要因のひとつではないかと思っています」(佐伯氏)

 一方、SNSデータ解析によるトレンド予測は、日本国内のSNSで発信されたワードを集計するAIツールを活用して、話題量の推移、今後のトレンド予測、デモグラフィックデータ(年齢、性別、居住地、家族構成、職業などの人口統計学的なデータ)などを解析し、可視化する取り組み。「はちみつ紅茶」というワードが、SNSでどれくらい発信されているかをAIで解析し、粉末はちみつを練り込んだ顆粒入りの「はちみつ紅茶ティーバッグ」を市場投入している。

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