【第2回】ハラスメントを撲滅するマネジメント4つのステップ「働きがい改革」に本気の上司がチームを覚醒させる

相手を意図的に傷つけるのは言語道断だが、無意識の言動が相手や周囲を傷つけるケースも多い。一度身につけたバイアスを克服するのは難しいが、どうすればいいのだろうか。

» 2025年10月08日 07時00分 公開
[前川孝雄ITmedia]

●後を絶たないハラスメントの裏にあるアンコンシャス・バイアス

『「働きがい改革」に本気の上司がチームを覚醒させる: 上司も部下も幸せになるマネジメントの極意』

 各界でのハラスメント事案が後を絶ちません。

 ややさかのぼりますが、高齢の男性政治家による、女性閣僚の容姿や年齢に関わる不規則発言が問題になり、急きょ取り消す一件がありました。発言者本 人に悪気はなく、むしろ活躍を褒めたつもりかもしれません。とはいえ、「女性は容姿第一」「女性の活躍は珍しい」かのような男尊女卑的アンコンシ ャス・バイアスが言葉の端々に出て、不評を買ったわけです。ほかにも、歴史ある劇団や大手芸能事務所、大学体育会などでのパワハラやセクハラ など、企業のみならず、さまざまな組織で深刻な問題が続発しています。

 いずれも、直接の加害者責任が重大なことは言うまでもありません。しかし時代認識とずれてきた組織風土にも、同根の要因があるように思います。「上司・先輩の指示・命令に従うのは当然」「教育の一環なら、多少の理不尽や手荒さは仕方ない」―。こうしたバイアスが、言動を放った本人のみならず、周囲にもあったことで、問題が助長されるのではないでしょうか。

 相手を意図的に傷つけるハラスメントは言語道断ですが、無意識の言動が相手や周囲を傷つけるケースも多いもの。誰もが一度身につけたバイアスを克服するのがいかに難しいか、考えさせられます。

就学前から親の期待に応えようとする子どもたち

 ランドセルメーカーのセイバンが制作した、興味深い短編ドキュメンタリー動画が You Tube で公開されています。何組かの両親が別室のモニタールームで見守る中、就学直前の我が子が、壁一面に掛けられた色とりどりのランドセルから、一人ひとり大切な一点を自由に選びます。子どもが選んだ色や形を見て、親たちは「とてもいいね!」「似合 っていてカワイイ」と喜びます。

 でも実は、スタッフが子どもたちに「お母さんやお父さんが喜びそうなのを選んで」と頼んだ結果。子どもたちは「お母さんが好きな色だから」「お父さんがカッコいいと思うから」と説明。親たちは、子どもの健気なさに胸を熱くしつつ、親への観察力に驚きます。

 次に子どもたち自身が本当に好きなものを選ばせると、全員が違うものを手に取り、満面の笑みに。中でも印象的なのは、男の子が赤や白を選ぶと、親は少々複雑そうながらやさしくうなずく場面です。

 子どもたちには小さい時から親の選好を見分け、期待に応えようとする力がある。だか ら、親が子どもに女らしさや男らしさを求めたり、自分たちの願いを伝えたりすれば、子どもはそのバイアスに沿って歩み、育つ場合があるのです。

 東京大学男女共同参画室の中野円佳特任助教によると、入学高難度の大学や、科学、技術、工学、数学専攻などのSTEAM系大学に女性が少ないことが、女性の社会的・経済的地位の低さに影響するが、その原因の一端が親や教師のバイアスにあるとのこと。

 例えば、親は息子には大学進学を熱心に勧めるが、娘には強く望まず、進学にお金をかけない傾向も。大学選びでも、娘には浪人せず確実に合格でき、自宅通いが第一。また、女子ゆえにSTEAM系は避け、医療や教育系の資格取得を望むなど。これは学校教師も同じで、折々の教育場面や進路指導でも無意識に行っているというのです。

全員で、違いを認めることを習慣化しよう

 こう見てくると、ハラスメントやジェンダーギャップの温床ともなる「バイアス」は私たち一人ひとりの中に根深く潜んでおり、克服は至難にも思えます。正直なところ、ダイバーシティマネジメント推進を手がけることの多い人材育成事業を営む私とて、バイアスを完璧に克服できている自信はありません。

 ちなみに、バイアスは全て悪というわけではありません。認知科学者で慶応大学名誉教授である今井むつみさんは、「バイアスが仮にいっさいなくなったとしたら、私たちはその日一日を過ごすにも困ってしまうことになるでしょう。なぜなら、世界にある情報が多すぎるからです」(『人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学』日経BP 日本経済新聞出版、2025年)と述べています。バイアスは、インターネットにより情報が爆発する現代に生きる術であるという側面があることも理解しておきましょう。

 私たちが自覚すべきは、他者と100%わかり合うのは困難だということ。だからこそ、 わかり合う努力を怠らないことが大切です。

 劇作家で演出家の平田オリザさんは著書『わかりあえないことから』(講談社現代新書、2012年)の中で、「シンパシーからエンパシーへ」の転換が大切だと主張し、「エンパ シーとは、『わかりあえないこと』を前提に、わかりあえる部分を探っていく営みと言い 換えてもいい」と語ります。

 私たちFeelWorks が提唱するのが、コミュニケーション・サイクル理論です。人は次の 4 つ のサイクルを回しながら、自分が変わり続けることで、しぶといバイアスの壁を乗り越える可能性が高まるのです(図参照)。

コミュニケーション・サイクル理論

1、相手の気持ちや意見を意識的に傾聴し、自分との「違いを認める」こと

2、「違い」の根底にある相手の「価値観を知る」傾聴をすること

3、「価値観」を踏まえた相手に対する自身の新しい「あり方を定める」こと

4、「あり方」に照らして「やり方を変える」こと

 上司が部下一人ひとりに働きかけることで、相互不信やモチベーションの低下、不本意な離職などを防ぐことにもつながります。率先して1on1ミーティングなどで傾聴の機会をつくるとともに、職場の全員が互いの違いを認め合うことを習慣化できるよう取り組みましょう。

 面談で相手が沈黙すると、つい上司は話したくなるものですが、沈黙を見守るのもコミ ュニケーションです。相手が自分の考えを整理したり、どう伝えようか考えたりしている可能性があるからです。もしくは、話したくないボトルネックが別にあるのかもしれませ ん。その自己開示を待つことです。

 また、相手が悩みを打ち明けてくれたり、不満を吐露してくれたりすると、ついその問題を解決しなければと思うかもしれません。その問題が管理職である自分の手に負えないものであると、途方に暮れることでしょう。

 でも、問題解決は二の次でよい場合がほとんどです。問題解決しようとするあまり、傾聴がおろそかになることのほうがリスクです。部下は自分の問題意識に上司が共感してくれるだけで安心しますし、問題すべ全てを上司が解決できないこともわかっています。でも、 自分の気持ちを理解してほしいことも多いのです。

 問題解決は傾聴しきった上での、最後の最後で構いません。それも、全て上司が抱えるのも部下育成のためになりません。上司が巻き取り組織と交渉するものと、部下自身が取り組むことを整理すればよいのです。

 互いにバイアスを少しずつ克服すれば、ハラスメントやメンタル不調のリスクも減らせるでしょう。こうして生まれるのが誰もが自分の意見を言いやすい風通しの良い職場であり、続発している企業の不正や不祥事などの防止にもつながるはずです。


※本稿は前川孝雄著『「働きがい改革」に本気の上司がチームを覚醒させる: 上司も部下も幸せになるマネジメントの極意』(合同フォレスト、2025年8月)より一部抜粋・編集したものです。「管理職は罰ゲーム」とやゆされる昨今、いかにして経営者・管理職自身と職場に「働きがい」を取り戻すか。―そのヒントを得たい方は、ぜひ同書をご参照ください。

著者プロフィール:前川孝雄(株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師/株式会社働きがい創造研究所会長)

人を育て活かす「上司力(R)」提唱の第一人者。1966年兵庫県明石市生まれ。大阪府立大学(現大阪公立大学)、早稲田大学ビジネススクール卒業。リクルートで「リクナビ」「ケイコとマナブ」「就職ジャーナル」などの編集長を経て2008年に(株)FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに研修事業と出版事業を営む。「上司力(R)研修」シリーズ、「50代からの働き方研修」、「ドラマで学ぶ『社会人のビジネスマインド』新入社員研修」などで500社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年に(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員サポーター、(一社)ウーマンエンパワー協会理事なども兼職。著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『部下を活かすマネジメント“新作法”』(労務行政)、『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『50歳からの人生が変わる 痛快!「学び」戦略』(PHP研究所)など約40冊。最新刊は『「働きがい改革」に本気の上司がチームを覚醒させる: 上司も部下も幸せになるマネジメントの極意』(合同フォレスト、2025年8月)。

30年以上一貫して働く現場から求められる上司、経営のあり方を探求しており、人的資本経営、ダイバーシティマネジメント、リーダーシップ、キャリア支援に詳しい。

※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。


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