人事労務SaaSを展開するjinjer。分業体制の営業組織に生まれる摩擦を「解像度」で整理し、資源配分や意思決定の質を高める仕組みを構築してきた。摩擦を経営の武器に変えるヒントを探る。
第1回:BizOpsとは何か? 構想と現場をつなぐ、事業成長の“実行装置”
第2回:戦略が動き出す仕組み──LayerXに学ぶBizOps設計のリアル
第3回:「複雑さにあらがう“設計者たち”」――マネーフォワードに学ぶBizOpsの実践構造
BizOpsは、これまで「なんでも屋」や「つなぎ役」とされてきた役割に、戦略的な意味と構造を与える職能です。
戦略と現場、構想と実行、データと感情。その「あいだ」をつなぎ、仕組みを設計し、現場を動かす――その存在感は企業の中で確実に高まっています。
前回は、マネーフォワードの事例を通じて、複雑な組織における信頼構築や課題解決のリアルを描きました。BizOpsが「組織の深部」に入り込み、構造的な課題に向き合う姿を確認できたと思います。
では、より営業現場に近い組織の摩擦を、BizOpsはどうほどき、成長の推進力へと変えていけるのでしょうか。
今回取り上げるのは、人事労務SaaSを展開するjinjer株式会社。
分業体制を敷いた営業組織に必然的に生まれる摩擦を「解像度」で整理し、資源配分や意思決定の質を高める仕組みを構築してきました。
摩擦を経営の武器に変える――jinjerの事例から、そのヒントを探ります。
企業が成長するにつれて、営業組織には「分業制」が導入されます。インサイドセールスが商談機会を創出し、フィールドセールスがクロージングに専念する。いわゆる「ザ・モデル型」と呼ばれる体制です。効率性を高め、成長速度を上げるための定石であり、多くのSaaS企業が採用してきたモデルでもあります。
しかし、この分業制は同時に「摩擦」を内包します。インサイドセールスからは「アポ数は達成しているはずだ」と主張される一方で、フィールドセールスからは「アポ質が悪く受注につながらない」との反発が返ってきます。マーケティングと営業の間でも同様に、成果の定義や評価基準の違いから認識のズレが広がっていきます。
jinjerも例外ではありませんでした。急成長に伴い部門が拡大する中で、部署ごとに指標や優先度が異なり、意思決定の過程でしばしば齟齬(そご)が生じました。インサイドセールス、フィールドセールスに加え、マーケティングやカスタマーサクセス、さらにエンタープライズ担当やSMB担当など、細分化が進むほどに「また同じような衝突が起きている」と現場で感じる場面が増えていったのです。
この状況を「不毛な対立」と片付けてしまうことは簡単です。しかし、実際にはここにこそBizOpsの出番があります。経営が掲げた戦略と、日々のオペレーションの間には必ず隙間が生まれます。現場で「違和感」が残ったままでは手が止まり、実行は遅れてしまいます。摩擦は、現場の不満ではなく、組織に潜む構造的なズレの表れとして捉える必要があります。
jinjerのBizOpsが担ったのは、まさにその「隙間」を埋める役割でした。データを整理し、定義を明確にし、部門ごとに異なる言語を「共通言語」へと翻訳しました。摩擦を解消するのではなく、解像度を上げて意味づけることで、成長を阻害する要因を成長の推進力へと変え、それが、jinjerの成長を支える基盤となっていったのです。
摩擦が避けられない以上、重要なのはそれを「どう扱うか」です。jinjerのBizOpsは、単に部門間の衝突を仲裁するのではなく、摩擦を「解像度を上げる」ことで意味づけし、共通の基盤に変えていきました。
まず取り組んだのは、アポイントの再定義です。これまで「アポ1件」と一括りにされていたものを、獲得経路や顧客の温度感によって細分化しました。問い合わせからのホットリードと、アウトバウンドで創出した潜在顧客は、見た目は同じ「1件」でも意味が大きく異なります。定義を分けることで、部門間で起きていた「質が低い」「活かせていない」という感覚的な対立が、議論可能な共通言語へと変わっていったのです。
さらに、データ活用においても「取るべき指標」と「削るべき指標」を見極めました。数値が多すぎれば現場は混乱し、少なすぎれば意思決定に必要な情報が欠けます。BizOpsは、現場の声をヒアリングしながら指標の取捨選択を行い、最終的には「違和感なく手が動く」状態を目指しました。
ここでは「データを正解にしない」という考え方を提示するにとどめ、感情との補完関係は後章で詳しく扱います。
この「解像度を上げる」アプローチによって、jinjerの営業組織は摩擦を単なる不満ではなく、改善のきっかけに変えることができました。定義を整え、指標を整理し、共通言語をもつ。小さな積み重ねがやがて大きな推進力となり、事業成長を支える基盤になっていったのです。
摩擦を「解像度」でほどく取り組みは、営業組織の内部にとどまりませんでした。jinjerのBizOpsは、マーケティングや営業活動全体のリソース配分にまで踏み込み、経営の意思決定を加速させる役割を果たしました。
急成長中の企業においては、広告投資やイベント出展、ホワイトペーパー施策など、多様なチャネルが同時並行で走ります。しかし、どの施策が商談化や受注につながっているのかは、しばしば曖昧なままです。現場の肌感や経験則に依存して判断が行われれば、リソースは特定チャネルに偏り、成果が見えづらくなるリスクがあります。
そこでBizOpsは、チャネルごとに「投資したリソースがどの程度商談化や受注に寄与しているのか」を可視化しました。具体的には、広告、セミナー、ホワイトペーパーといった施策を横並びで比較し、CPAやLTVに基づいて投資効果を整理。インサイドセールスが取り組むべき案件の優先順位づけにまで落とし込みました。
この仕組みによって、マーケティングと営業の双方が納得できる基準が整い、リソース配分に関する議論がスムーズになりました。「どの施策に投資すべきか」という意思決定のスピードは格段に向上し、成長に直結するチャネルへの集中投資が可能になったのです。
さらに重要なのは、こうした改善が「現場発の一時的な工夫」にとどまらなかった点です。BizOpsが仕組みとして整備したことで、判断が再現性を持ち、ノウハウが組織に蓄積されました。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授