BizOpsの役割は、データを整備し、仕組みを設計することにとどまりません。jinjerの実践が示すのは、人はデータだけでは動かないという現実です。
合理的に見える数字や指標も、それだけでは組織を前に進める力になりません。営業現場で「質が低い」と感じられるアポイントを、いくら定量的に価値づけても、担当者が納得していなければ実際の活動には結びつかないのです。人が「違和感なく手を動かせる」状態に至るには、感情面での納得感が欠かせません。
jinjerのBizOpsは、この点を見落としませんでした。データはあくまで対話を支える補助線であり、最終的には現場の心理に寄り添いながら議論を進めていきました。ときには摩擦を無理に収束させるのではなく、議論を「寝かせる」判断も行いました。あえて時間を置くことで、関係者の心の準備が整い、改めて前向きに合意形成できるタイミングが訪れる。そうした「間合いの調整」こそが、摩擦を建設的に扱ううえで不可欠だったのです。
また現場とのコミュニケーションにおいては、「まず相手に与える」という順序を意識。要求を一方的に突きつけるのではなく、まず相手の立場や責任に寄り添い、相手が動きやすい状況をつくる。そのうえで、自分たちの要望を置いていく。こうした努力が信頼を生み、最終的にデータや仕組みを活かした変革を支えていきました。
摩擦をデータで説明しきることはできません。人間の納得感を尊重しながら、議論の補助線としてデータを活用する。数値と感情を両輪で扱えるかどうかが、組織を動かす分水嶺になるのです。
jinjerの取り組みから見えてくるのは、摩擦を恐れるのではなく、それを「解像度」でほどき、成長の推進力へと変える姿勢です。営業組織の分業制に伴う衝突は、どの成長企業でも避けられない現象です。しかし、それを単なる不満や非効率として扱えば、組織は学習の機会を失います。
BizOpsの実践は、摩擦を「見える化」し、意味づけ、共通言語に変える営みでした。アポイントの定義を細分化し、指標を整理し、リソース配分を仕組みとして設計する。データを補助線にしながら感情の納得感を尊重し、属人性を超えた再現可能な仕組みに変える。この両面を支えることで、組織は摩擦を越えて前進できるのです。
重要なのは、摩擦の存在を否定しないことです。むしろ、摩擦は組織が成長のフェーズに入った証拠と捉えるべきでしょう。そこにBizOpsを戦略的に位置づけることで、経営と現場をつなぐ新たな仕組みを獲得できます。
「摩擦を解像度でほどく」という言葉は、jinjerの現場を超えて、あらゆる成長企業に共通する示唆を与えてくれます。データと感情を両輪で扱うこと、仕組みで属人性を乗り越えること。これらは、短期的な成果を超えて、長期的に企業を支える実行力となるはずです。
BizOpsは、単なる「調整役」ではありません。摩擦を恐れず、むしろそれを成長の燃料に変えるための、経営に不可欠な機能なのです。
次回は、内部統制やIPO準備など、企業の“成長の踊り場”に立ちはだかる壁に挑む「CorpOps(コープオプス)」の実践に迫ります。
販売管理やワークフロー再設計といった地味で厄介な領域に、どのように経営の意思をつなぎ、現場の痛みに向き合い、仕組みとして“回る”まで落とし込むのか。ビズオプス協会理事・村本氏の経験をもとに、BPRでもDXでも終わらせない、泥臭くも本質的な“仕組み化”のプロセスを紐解きます。
1990年生まれ。神奈川県在住。マニュアル制作会社での制作ディレクションを経て、2017年に株式会社ビズリーチ入社。営業基盤の再構築やSalesforce運用を担当した後、株式会社スマートドライブにて、上場前後の成長フェーズにおける事業部横断の業務設計やSaaS導入・定着支援を推進。2022年よりフリーランスとして独立し、現在は一般社団法人BizOps協会の理事を務める。BizOpsの専門性確立と普及に取り組むとともに、実務者として複数企業の業務構築・運用改善に従事。ライターとしても活動しており、ビジネス、組織論、ジェンダーといったテーマを中心に、構造的な課題への眼差しと現場感を交えた視点で発信している。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授