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» 2011年03月24日 08時30分 UPDATE

小松裕の「スポーツドクター奮闘記」:大相撲の八百長問題、スポーツを守るためにすべきこと

一部で大相撲の八百長問題を擁護するような意見がありますが、私は、大相撲は日本の伝統文化であると同時にスポーツであると考えています。ほかのスポーツ競技と同様に、さまざまなルール作りを徹底すべきだと思います。

[小松裕(国立スポーツ科学センター),ITmedia]

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 またまた大相撲が大騒ぎです。スポーツの価値を脅かす八百長問題、今後、事の行方によっては、大相撲の存続さえも危ぶまれる問題です。

 私が今回の騒ぎで少し気になるのは、一部で「大相撲はスポーツか否か」の議論を持ち出し、「大相撲はスポーツではなく伝統文化で神事であるから人情相撲や阿吽(あうん)の呼吸は許されるのだ」といった、八百長を擁護するような論調が見られることです。

 私は大相撲が好きですが、これらの意見に素直にうなずくことはできません。わざと負けるのが日本の伝統文化なのでしょうか。イカサマなしの真剣勝負こそ日本人が本来持つ精神なのではないでしょうか。

 もちろんスポーツの世界にまったく情がないということはありません。例えば、野球の国際試合では、大量得点差がついていたら盗塁しないという暗黙のルールがあります。日本でいう武士の情けというやつです。これも一種のスポーツマンシップです。

大相撲はスポーツである

 私は、大相撲はれっきとしたスポーツだと考えています。実際、世界にスポーツとしての相撲を普及させようと、アマチュア相撲界を統括する日本相撲連盟は日本オリンピック委員会(JOC)に加盟しています。私を含め、大相撲ファンの多くは伝統文化を理解したうえで、スポーツである大相撲を応援しているのです。相撲はルールが簡単で分かりやすく、ほかの格闘技にあるような判定やポイント、時間制限などがありません。勝負がつくまで戦います。もし大相撲がスポーツでないというのならば、ビデオ判定で勝ち負けを決める必要もありません。

 スポーツの価値は多様ですが、その根本にあるのは、世界共通のルールの下、一生懸命努力して正々堂々と戦う姿勢です。それは人類が長年にわたって培ってきた「文化」そのものです。そのようなスポーツにおいて、八百長やルール破り、ドーピングといった「卑怯なこと」を許してしまえば、スポーツそのものの価値が失われてしまいます。だから、スポーツそのものを守るため、正々堂々と戦っている選手を守るために、スポーツ界はそうした卑怯なことに毅然と立ち向かうのです。

ドーピング検査導入に向けて各球団を駆け回る

 私が専門とするアンチ・ドーピングも、そうした観点で取り組んでいます。大相撲は現在もドーピング検査を行っていません。しかし実は、日本のプロ野球(NPB)でさえドーピング検査を導入してからまだ5年しか経っていないのです。

 興行という要素もあり、年間の試合数が多いプロ野球にドーピング検査を導入することについて、当初は否定的な意見がありました。筋肉増強剤だけでなく市販の風邪薬などにもドーピング禁止物質である興奮剤などが含まれるため、その気がないのにドーピング違反になってしまう「うっかりドーピング」の可能性があります。そのために試合に出場できなくても、プロ選手である以上、もろに生活にはね返ってきます。

 われわれは全球団のキャンプ地を訪れて、ドーピング検査の説明だけでなく、「なぜプロ野球がアンチ・ドーピングに取り組まなければいけないのか」「なぜドーピング検査をすることがプロ野球を守ることになるのか」について根気強く説いて回りました。

大相撲もスポーツの視点で徹底したルール作りを

 日本のプロ野球でドーピング検査が導入されてから約1年後、米国のメジャーリーグで「ミッチェル・リポート」騒動がありました。元上院議員のジョージ・ミッチェル氏がメジャーリーグの薬物汚染の実態調査結果を実名入りで公表したのです。その中には、有名メジャーリーガーの名前とともに、NPBにかつて在籍した選手や、現在も在籍している選手の名前がありました。遠く離れたNPBにも火の粉がおよびかねない事態となりました。

 しかしその時点で、NPBは既にドーピング検査を導入していたため、「日本のプロ野球はアンチ・ドーピング活動に毅然と取り組んでいる。きちんとしたルールの下にドーピング検査も行っている」という一言で、それ以上の騒ぎにはなりませんでした。

 メジャーリーグはきちんとアンチ・ドーピングに取り組んでいなかったからこそ、さまざまな疑惑が湧き出てきたのです。この一件はNPBのアンチ・ドーピング活動にとって大変意義のあるものでした。日本のプロ野球関係者たちは、「アンチ・ドーピングに早く取り組んでいて良かった」「アンチ・ドーピングにしっかり取り組むことがプロ野球を守ることになる」ということを実感したのです。

 それ以来、選手も球団関係者も、ドーピング検査に対してとても協力的になりました。誰一人、面倒なドーピング検査に対して文句を言わなくなりました。現在では、プロ野球ではドーピング検査が当たり前のものになりました。

 大相撲もやるべきことは決まっていると思います。大相撲の価値が何によってゆがめられるのかを見つめ直し、そうしたマイナス要素を受け入れないルールをしっかりと作ることが肝要です。それがなければ、スポーツである大相撲は存在し得ないことを、すべての大相撲関係者が理解することです。今回の事件を機に、アンチ・ドーピングにも取り組むべきでしょう。

 大相撲ファンの一人として、この伝統文化を守るためにも、真の意識改革を願いたいです。


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著者プロフィール

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小松裕(こまつ ゆたか)

国立スポーツ科学センター医学研究部 副主任研究員、医学博士

1961年長野県生まれ。1986年に信州大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センター内科研修医、東京大学第二内科医員、東京大学消化器内科 文部科学教官助手などを経て、2005年から現職。専門分野はスポーツ医学、アンチ・ドーピング、スポーツ行政。



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