次にスピード経営だが、Samsungの創業家を頂点とする上意下達は、スピード経営につながっている。大型投資の敢行がその好例だ。最先端の半導体製造ラインや液晶テレビへの投資は、その巨額な規模、タイミングで競合メーカーを寄せ付けない。1998年の液晶パネルへの大型投資は、日本企業が景気後退や不採算を理由に投資に二の足を踏んでいる間隙を突いて即決し、世界一の液晶パネルメーカーへと躍進した。
しかし、オーナー経営者のワンマン経営によるスピード経営は、弊害も伴う。日本が学ぶべきは、経営陣の若返りによって期待できるスピード経営だろう。老人経営は、何かとスピードを鈍らせるからだ。
次は、現地密着のグローバル経営だ。Samsungには「地域専門家制度」があり、入社3年目以降の社員約200人を毎年1年間、世界各地に送り出し、語学研修・地域調査・人脈つくりなど現地文化を理解するために取り組ませる。09年までに60カ国に約3800人を送り出し、最近は中東・アフリカ・中南米への派遣が増えている。給料とは別に、現地費用として1人当たり約800万円を会社が支給する。何と賢明で深慮遠謀な計画か。
結局、日本企業は「経営陣の若返り」と「深慮遠謀なグローバル人材の育成」こそ学ぶべきなのだ。しかし、これらの面で硬直的な日本企業は、おそらく学ぶことも実行することもできないだろう。逆に言えば、できる企業だけが生き残り、発展する。
さて、Samsungの弱点を指摘する論調も少なくない。内部告発で明らかになったサムスン一族の大統領選挙秘密資金事件や相続問題などの不正腐敗の企業体質、加えて有罪判決を受けていた前会長の特別恩赦による復帰などから、SamsungのコンプライアンスやCSRに問題があり、それがやがて命取りになるだろうと指摘されている。あるいは、Samsungは電子デバイスに依存し過ぎ、ネットワークサービス分野には何年経っても参入できていない。また、部品を日本に頼り過ぎて自前の外注企業を育てていないなどの限界もあり、ビジネスモデルとしては、日本企業の敵ではないと切り捨てられもする。親族経営の限界も指摘される。
しかし、Samsungはそれらの弱点に気づいて改革に取り掛かっている。その前に、Samsungの弱点をあげつらって、先行きの没落を予想して何になるというのだろう。
日本企業は淡々とSamsungの急所を他山の石とし、一方で素直に、Samsungの驚異的躍進から、「経営陣の若返り」と「深慮遠謀なグローバル人材の育成」を学び、日本企業にとっては難題であるその実現に心を砕くべきだ。
ところで、個々人の力をつける人材育成、信賞必罰を徹底した実力主義、若手の登用など、全体や他に責任を転化せずに個々人が責任を負うという考え方、あるいはグローバルに現地で文化を吸収し、人脈を構築するために投資を惜しまないという余裕のある考え方などに、冒頭に述べた創業者イ・ビョンチョル氏の理念を見る思いがする。
増岡直二郎(ますおか なおじろう)
日立製作所、八木アンテナ、八木システムエンジニアリングを経て現在、「nao IT研究所」代表。その間経営、事業企画、製造、情報システム、営業統括、保守などの部門を経験し、IT導入にも直接かかわってきた。執筆・講演・大学非常勤講師・企業指導などで活躍中。著書に「IT導入は企業を危うくする」(洋泉社)、「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(洋泉社)。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
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明治学院大学 経済学部准教授