○○○○な数字で評価することが、日本の組織をダメにしている――後篇Gartner Column(2/2 ページ)

» 2011年09月26日 08時00分 公開
[小西一有(ガートナー ジャパン),ITmedia]
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正確にやろうという思いがセクショナリズムを生む

 「正確なこと」、つまり正しいことは明らかに良いことです。逆に不正確なことは、悪いことだから叱られたり責められたりすることがあります。つまりIT費用を「正確に」算出していれば、最悪でも血相を変えて怒鳴られるなど責められることはなく、ちゃんと仕事をしている気分になれます。もっとはっきり言うと、わたしたちは正しい仕事をしていて、例えビジネスが上手くいかなかったとしても、わたし(自部門)は悪くないと言いたいのでしょう。

 正しいことは悪くないからちゃんと仕事をしていて職務を全うしているという極めて簡単なロジックです。大企業や大組織にありがちなセクショナリズム発生の原点のように見えます。「正確」にできそうにないものに、「正確性」を求めて無駄な工数を浪費することは、責任逃れのためであり、自分さえ良ければ他人はどうなっていようが知ったことじゃない、とい思いが根底に流れているのではないでしょうか。今回のコラムの題名にある○○○○の中に入る言葉は、「せいかく(正確)」になります。

 何か不思議な気がしませんか。正確にやろうという思いがセクショナリズムを生んで組織をダメにするのです。日産自動車のカルロス・ゴーン氏の著書である「ルネッサンス−再生への挑戦」にも1999年頃に窮地に立った同社の状況について、あまりにもセクショナリズムが強すぎていたし、それだけでなく、そのことに気付かない状況だったとの記述があります。ゴーン氏は、更に、このようなセクショナリズムが強くなっている状況は、業績が悪くなっている企業の顕著な傾向であるとも述べています。

 さて、「正確な数字で評価することが日本の組織をダメにしている」ということを理解いただけたとして、それでは、本来はどうあるべきなのでしょうか。この問題への対処はそんなに簡単ではありません。しかし、時間をかけて解決しようと思えば解決できない問題ではないとも考えます。

 皆さまに質問です。「当社のIT部門はコストセンターである。」はい、いいえで答えてください。どうでしょうか。ほとんどの人が「はい」と答えていませんか。コストセンターとは、コストだけを管理対象にされている部門のことです。コストだけを管理対象にされる部署は、コスト削減だけを要求されます。それ以外の管理対象指標がないので当然です。ですから、非常に付加価値の高いサービスを提供していたとしても、そこに大きなコストが掛かっていたとするならば、止めなければなりません。これが、コストセンターの宿命です。

 本来、会社組織の中に、付加価値を全く生み出さない完全なコストセンターは在ってはなりません。しかし、管理部門のコスト表は、社内に莫大な数のコストセンターを作ります。そして、そのコストセンターと呼ぶ部門が産出する付加価値には、全く目もくれようとしません。管理部門にとって大事なのは、今ここにある売上や利益だからです。

 経営者に近い位置にある管理部門が、個々の組織を評価する時に、コスト表だけで評価するから組織がダメになっていくのです。でも、日本人労働者は、とても賢いのでコストだけで評価されることには文句を言いません。そのコストドライバ(コストを発生させている主な原因)を“正確に”することで自らの責任を放棄するというのが、今回、わたしが言いたかった組織をダメにする構図なのです。

 ちなみに、某会社の計数管理を担当している上級管理職の方に、このことをお話しましたら、すごく叱られました。「確かに営業部以外は、コスト表を月次で計算して回しているが、コスト表は各部署の成績表では無いし、そんなこと(コスト表)で部門や部門長の評価をしている訳ではない。」と。さて、ここで前回のコラムに書いた内容を思い出してください。

 人は、測定されるとその測定される数字が気になって仕方ない。その数字を増加させろとか減少させろとか言われないのに、ただ測定されているだけで、その数字を評価者に気持ちの良い状態にしようと勝手に頑張ってしまうのです。コストだけしか測定されなければ、コストを最小限にしようと頑張ります。どんなに付加価値の高い仕事でも多大なコストが掛っていれば止めてしまうことさえするでしょう。

 先に述べたように、時間をかければ解決できる問題であると述べました。コストだけを集計するのではなく、対価として得られる付加価値を評価して欲しいのです。付加価値は、単位が「円」で表せるものだけではありません。しかも、コストが発生するタイミングよりもベネフィットとして得られるようになるまで時間がかかる場合もあります。それを全て認めて付加価値を認めた上で、コストと対比して評価するというシステムを構築して欲しいのです。

 期中の損益計算書にしか興味のない経営者や、管理部門の人たちには、この話は、余りにも突拍子もない話だったかもしれません。しかし、今のままでは確実に日本の組織はダメになっていきます。失われた20年の原因の1つには、景気だけではない稚拙なマネジメント手法によって引き起こされているかもしれないことを考えて欲しいと思うのです。

 4大経営資源とは、人、モノ、金、情報です。このうち情報だけは他の経営資源と違って、使っても使っても目減りしないという特徴を持ちます。それだけにマネジメント手法の中では安易に取り扱われたり、ぞんざいな扱いを受けたりします。しかし、情報によって組織をダメにしているという側面があることを忘れないでマネジメントに勤しんでもらいたいのです。

 このような情報を如何にうまく使い、組織が生みだす成果を最大化するかは、欧米ではCIO(最高情報責任者)のミッションです。日本は、CIO設置比率が欧米などに比べてとても低い。しかも、設置していても情報システム部門長だったり、ITプロジェクトマネージャの親玉だったりします。

 前編では、「いろいろな数字」と、後編では「せいかくな数字」で評価することが、日本の組織をダメにしていると2回に分けて話をしました。多分、皆さんの日々の仕事の真逆のことを話したのではないかと思います。ビジネスを可視化したいという思いや、コストを正確に把握し理解させたいという思いは、一義的にはどちらも間違ってはいません。

 しかし、その思いが誤った施策に陥ることによって、組織や組織を構成する人々にどのような影響を及ぼすかを考えたことがあるでしょうか。そして、情報という経営資源がこんなにも神経質で取り扱いが難しいということに気付いていたでしょうか。先に述べた通り、欧米では、CIOの設置は当たり前になっています。隣の国、韓国でも日本に比べてCIOの設置比率が高いことが経済産業省などの調査で明らかになっています。目減りしないかもしれないが、取扱いが非常に神経質な情報という経営資源に対しての取り組みという意味では、日本はまだまだ後進国なのかもしれません。

 さて、10月3日から5日の3日間にわたり、Gartner Symposium / ITxpo 2011が東京・台場にて開催されます。今年は、例年よりも更にCIO向けのコンテンツを増やしています。CIOの方の来場だけでなく、CIOを設置しなければと考えているCxOの皆さまの来場を心からお待ちしています。世界中のCIOにアドバイスをする役割を担うアナリストや専門のアドバイザーが来場をお待ちしています。

著者プロフィール:小西一有 ガートナー エグゼクティブ プログラム (EXP)エグゼクティブ パートナー

小西一有

2006年にガートナー ジャパン入社。それ以前は企業のシステム企画部門で情報システム戦略の企画立案、予算策定、プロジェクト・マネジメントを担当。大規模なシステム投資に端を発する業務改革プロジェクトにマネジメントの一員として参画した。ガートナーでは、CIO向けのメンバーシップ事業「エグゼクティブ・プログラム (EXP)」の日本の責任者を務める。


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