私は企業の人材育成をお手伝いする講師という仕事柄、マネジャー層よりも、若手層と接することの方が多い。「最近の若手は育てにくい」とか「ゆとり世代だから困る」などと嘆く声をマネジャー層から聴くこともよくあるが、そんな私からすると「言うほどでもないですよ」というのが実感だ。
人間の基本は30年前も20年前も10年前も今もあまり変わっていないのではないだろうか。いつでも若者は、青臭いし、生意気だったり、妙に周囲に気を使ってホンネを隠したりするものだし、何か勘違いしていたり、期待通りに動かなかったりする。成長著しい人もスロースターターもいる。だから、そこに「ゆとり世代だから」などとレッテルを貼ることを私は好まない。真実が見えなくなると思うからだ。
ただし若手と接する場合、この20年くらいの社会の環境変化は理解しておく必要はある。例えば今年2012年に入社した新卒新入社員には、学卒者で1990年生まれが混ざっている。平成2年生まれということだ。
彼らが小学校高学年から中学生になったころ、「インターネット」も「携帯電話」も「パソコン」も普及率が50%を超えていた。先日、入社2年目の男性と話した際も、こんなことを言っていた。「家の電話をとったのは中学生くらいまででした。高校に入ったころからは家の電話は取らなくなりました。鳴っていても出ません。母が取るか、母がいなければ出ないか、です」
これを聞いて、30代の社員が「え? じゃあ、彼女のうちに電話して、お父さんが出ちゃって焦ったというような経験はないの?」とびっくりして尋ねると、「ええ、ないですね」とのこと。この例ひとつをとっても、「友人に電話したら年長者が出て、仕方なく“敬語もどき”を使って頑張った」とか「自分あての電話かと思ったら、他の人宛てだったので、取り次いだ」などという経験が少なくなってきていることは容易に想像がつく。
これは「いい悪い」という話ではない。育った環境が変わってきているのだ。だからそのことを理解して、上司は若手の部下と付き合わなければならない。
そもそも、いつの時代でも「若者」は「イマドキ」なんである。今、管理職として立派にやっている人も、かつてはイマドキの若者だった。いろいろな失敗もしたことだろう。大目に見てもらったこともあるはずだ。皆そうやって成長してきた。今の若手を自分とは違うと思うとしたら、不都合な過去については、単に忘れているだけである。
若手だって、頑張りたいと思っている。楽しく仕事をしたいとも思っている。仕事を通じて誰かの役に立ちたい、誰かに感謝されることをしたい、その結果、成長できたなあと実感したい、そう思っているのだ。
「イマドキの若者は……」「ゆとり世代は……」と嘆くのではなく、イマドキの若者の特徴を理解して、彼らが活躍できるよう育てていく。相手を変えることばかりを考えず、自分がどう若手を動かせばよいか考える。そこには知恵と工夫と忍耐力が必要だろう。
新入社員の指導に当たっている人事部の方が、こんな話をしていた。
「新入社員の振る舞いに『それはダメだよ』と注意することが多いのですが、ときに新人に試されているような気持ちになることがあります。『そういえば、なぜダメなんだろう』と考え始めてしまうし、『私の考え方は果たして万人に受け入れられるものだろうか。私だけがこれは正しい、これはダメだと思っているのではないか?』ととても頭を使います。それに、適当なことを言うと『だったら、こうならいいのですか?』と反論されることもあって、だからもう真剣に考えるのです。新入社員を指導しながら、自分の在り方を見つめ直す作業をしているような気がします」
この感覚はとても素敵だと思う。
部下を育成すること、部下と関わることは、すなわち、自分と向き合い直すことにほかならない。これまで培ってきた価値観やモノの見方、考え方、行動のパターンなどさまざま事柄を部下の指導を通じて、一つ一つ見直すことになる。いや、見直さざるを得なくなるのだ。
部下や後輩を育てることは、自分育てでもある。双方が同時に育つから、「共育」と呼ぶ人もいる。部下は上司の鏡だ。部下がどう育っているかは、自分自身がどう成長し、部下の成長をどう支援したかを如実に表す。
上司も部下もともに成長していく。そのために、上司は部下、特に若手部下とどう関わっていけばよいのか。これがこの連載のテーマである。次回からは、日々のコミュニケーションの中でどんな風に部下を指導したり、部下の能力を活用したり、部下のモチベーションを維持したりすればよいのか、さまざまな事例を交えて紹介していくこととしよう。
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー。
1986年上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで延べ3万人以上の人材育成に携わり27年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。
著書「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)、「はじめての後輩指導」(日本経団連出版)、「コミュニケーションのびっくり箱」(日経BPストア)など。ブログ:「田中淳子の“大人の学び”支援隊!」
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授