要するに、増税の前にやることがある、というのは簡単に言えばポピュリズム(大衆迎合主義)に他ならないということだ。そして財政再建を本気で考えるのなら、増税といっしょに歳出のカットをやらなければならない。歳出カットの最大項目は、社会保障関連費である。国と地方を合わせれば、この項目での支出額は35兆円前後に及ぶ。歳出カットは何よりもこの大きな支出項目に手をつけなければならない。
誤解を恐れず大胆に言ってしまえば、老人医療費や介護費、そして年金といったところに切り込まないと、これらの制度やひいては日本の財政を維持していくことが難しくなるということだ。年金支給年齢の引き上げ、老人医療費の窓口負担の引き上げ、介護の自己負担分の引き上げ等々だ。
もちろんこれらの方針を打ち出せば大反発を食うだろう。だから民主党政権も「社会保障を持続可能なものにする」としか言わないし、「消費税を上げた分はすべて社会保障に回す」とあたかも社会保障を充実させるような物言いをする。しかし新しい税金を使って新しい政策を実現するような場合ならともかく、従来の政策を維持するのに使うというのはおよそ意味のない言い方だと思う。それこそ国会での質問にあったように「カネに色はついていない」からだ。
それでも社会保障に使うと言いたいのは、投票率の高い高齢者(かく言う私も「高齢者」の仲間入りを目前にしている団塊の世代なのだが)に反発されたくないからだ。世代間のツケを回される若者世代は残念ながら投票率も高くないし、第一、団塊の世代に比べれば圧倒的に分母が小さい。
しかし日本の財政はそんなのんびりしたことを言っていられないほど火の車なのである。とにかく何が何でも財政再建の道筋を付けなければならない。そうしないと数年後に日本がギリシャやスペインのようになることは明らかだ。まだ2年の猶予があるのか5年の猶予があるのか、誰にも分からないが、放っておけばそういう日が必ず来る。
それを多くの有権者に理解してもらうことは果たして可能だろうか。政治の世界でも、一方には増税しなくても財政再建は可能だと主張する人々がいる(民主党が節約すれば16兆8000億円のカネはすぐ出てくると主張したのは2009年、わずか3年前のことだ)。そうすると多くの人々は、自分の痛みを伴わないほうに流れやすい。ギリシャやスペインで「反緊縮デモ」(政府の緊縮政策で景気がさらに悪くなることに抗議するデモ)が頻発するのはまさにそういうことだ。
問題は、どんな問題でも国民は口を出したり、自分の意見を表明する権利はあるが、多数派が正しいとは限らないということである。それをはっきりと認識してかからないと、痛みを背負わなければならない時代に、ポピュリスト的な政治家や政党が、いたずらに人々を煽って多数を握るということが起こりうる。そうなってから臍を噛む思いをしてももう遅いということは歴史が示している。有権者が冷静になることももちろん必要だが、それよりも必要なのは政治家らしい政治家である。
藤田正美(ふじた まさよし)
『ニューズウィーク日本版』元編集長。1948年東京生まれ。東京大学経済学部卒業後、『週刊東洋経済』の記者・編集者として14年間の経験を積む。85年に「よりグローバルな視点」を求めて『ニューズウィーク日本版』創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年同誌編集長。2001年〜2004年3月同誌編集主幹。インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテータとして出演。2004年4月からはフリーランスとして現在に至る。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授