形式的観点からみたマニュアルの5つの要素マニュアルから企業理念が見える(2/2 ページ)

» 2012年12月10日 08時00分 公開
[勝畑 良(ディー・オー・エム・フロンティア),ITmedia]
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マニュアルとは

 (5)注意事項

 ここでは、作業を遂行するにあたっての注意すべき事柄をまず網羅的に列挙し、個々にそれを比較し、記載するべきかどうかを検討しなくてはならない。特に、使用者が間違えた場合に、後の手順により多くの負担をかける確率の高いものから書きあげていかなくてはならない。

 さらに、行動の失敗や違反行動が企業のコンプライアンスに抵触するような場合も想定しなくてはならない。体系化された企業文書の基底を成す作業手順書であれば、注意すべき内容が無限大であるはずはない。マニュアルの作成者は、マニュアルの持つ上位マニュアルとの関連性に注意しなければならない。

 以上の5項目が、職務マニュアルを作成する場合の最低注意事項である。この5項目が、きちんと書けていればマニュアルとして完成されたものである。逆にこの5つのどれを欠いてもマニュアルとして不完全であると言わざるをえない。

 最後に、一言付け加えたい。それはマニュアルの索引についてである。作業を実行するためには、実行手順に従って記録されるのは当たり前である。ところが、マニュアルを見る必要は手順に応じて生ずるものではない。必要なとき、必要に応じてマニュアルを使いこなすにはどうしても索引が必要だということになる。実際的にも索引のあるマニュアルは沢山ある。しかし、これには膨大な手間がいる。この手間と活用メリットのバランスは微妙である。

 特に、最近動画をマニュアルに取り入れる場合、動画の索引は容易ではない。今後のマニュアルの便利性を考える時、この問題は重要なテーマになるだろう。

 この記事は、マニュアルとは何かという本質的理解が無視されたまま、マニュアルが制作され、利用されている現状に対して、わたしのマニュアル観を中心に少しでもその誤解と中傷を解きたいと考え、記述したものである。

 電子情報技術の日常的発達に伴い、マニュアルの作成技術だけがマニュアルの本質を無視して論じられている。マニュアルは、経営効果を高めるために人間を奴隷化するための道具ではない。それどころか協力して生きていく以外に他の方法を持たない人間が、どのようにすれば所属する組織と共生していけるのかを具体的に解決する手段がマニュアルなのである。わたしはこの組織と個人の共生をその組織に所属する個人が組織に対して持つ「共同体感覚」と呼んでいる。マニュアルは、この「共同体感覚」を組織に醸成していくツールである。

 共同体感覚は、組織に対する所属員の一員感、所属感、貢献感から構成されている。経営者、管理者が部下を人間としてみる視点を見失い、経営利益と経営効率を高めるための道具に過ぎないという効率万能主義に陥っている限り、マニュアルは絶対にその効果を発揮しないだろう。どのようなマニュアルの技術的変更を行うことも無駄である。共同体感覚の無い組織にマニュアルは生存できない。

 マニュアルは、使われて初めてマニュアルとなるのである。つくられたままでマニュアルとなるものは一つもない。従って、マニュアルはどういう種類の社員に、どういう仕事を委ねるかが最初にくるのである。この委ねるものが主観的なものであってはならない。そこで、マニュアルとは、「標準を書くものである」という定義が生まれたのである。

 マニュアルの作成者はこのことを念頭から離してはならない。常に意識していなくてはならない。どのように優れた書き手であっても、真にマニュアルの使い手より優れたマニュアルを書くことはできない。マニュアルは現場の真実の声を組織がくみ取るためのツ―ルである。真実の声は多くの場合、声にはならない。この声にならない声を管理者がすくい取っていくために、現代のマニュアルは存在するのだとわたしは考える。

 誤解の海の中にいるマニュアルをわれわれは 1 日も早く救い出さなければならない。マニュアルが人の創造性を奪うことはない。人の自立性を損なうものでもない。マニュアルを通じて、従業員に対して支配性を強化しようとする人々の思い込みがマニュアルの真の姿を見失わせているだけである。どんなにマニュアルの制作技術が進歩しても、マニュアルの本質は変わらない。マニュアルは組織に属する全ての人々を幸せにするために存在している。

著者プロフィール

勝畑 良(かつはた まこと)

株式会社ディー・オー・エム・フロンティア 代表取締役 

1936年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、1964年にキャタピラー三菱(株)に入社。勤労部、経営企画部、資金部を経て、1986年、オフィス・マネジメント事業部長としてドキュメンテーションの制作、業務マニュアルの作成、語学教材の発行などさまざまな新規事業に取り組み、1992年4月、業務マニュアルの制作会社である(株)ディー・オー・エム(現在:株式会社ディー・オー・エム・フロンティア)を設立し、代表取締役に就任。「いま、なぜマニュアル革命なのか?」(『企業診断連載』)で平成2年度日本規格標準化文献賞<最優秀賞>受賞など論文多数。


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