将棋、囲碁などのボードゲームを中心に据え、一人のジャーナリストを通して、ゲーム、競技のさなかに起こった人知を超える事件が語られている。古くから人間が親しみ続けてきた“ボードゲーム”にどのような可能性を見出したのか。
『盤上の夜』で第1回創元SF短編賞山田正紀賞を受賞してデビュー、この作品が収められた同名の短編集がいきなり第147回直木賞候補となり、同作で第33回日本SF大賞を受賞した宮内悠介さんです。
この作品では、将棋・囲碁などのボードゲームを中心に据え、一人のジャーナリストを通して、それらのゲーム・競技のさなかに起こった人知を超える事件や出来事が語られます。
古くから人間が親しみ続けてきた“ボードゲーム”に宮内さんはどのような可能性を見出したのでしょうか。
――本作『盤上の夜』は直木賞候補となり、日本SF大賞・第6回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞を受賞するなど大きな話題となりました。この作品は囲碁や将棋など、ボードゲームをモチーフにした短編集ですが、このアイデアはどのように生まれたのでしょうか。
宮内さん(以下敬称略): 「表題作の「盤上の夜」を新人賞に応募するにあたって、元々好きであった囲碁を題材として選びました。それをシリーズ化するにあたって、世界各地のゲームを扱いながら連作にして、“人とゲーム”や“人とシステム”といったテーマを追究したらおもしろいのではないかと思ったんです」
――始まりは囲碁だったんですね。本書ではさまざまなボードゲームがモチーフとなっていますが、囲碁以外のゲームについてはいかがですか?
宮内:「将棋といったチェス系のゲームが不得意なのですが、まさかボードゲームを扱った連作短編集で外すわけにもいかなくて、それで将棋を扱った短編も収録しています。こうしたアナログゲームを題材にした連作というのはオリジナルな発想ではなく、竹本健治さんの「ゲーム三部作」を先行作品として踏まえています」
――本書を拝読して、自分が思っていた“SF小説”よりも現実世界に根付いていて“こういうSFもあるんだな”と新鮮でした。宮内さんは“SF小説”というものをどのように捉えていますか?
宮内:「まずこの本は何がどうSFなのかという点ですが、たとえば“内的世界の探求”といった要素は、SFが昔から追究してきたものでもあるのですね。とにかく幅が広い、懐の深い分野と言いますか、一種の“なんでもあり”が世界文学に到達したような、そういうカテゴリーであると認識しています」
――表題作の『盤上の夜』は、碁盤の上に碁石が並ぶ感覚を言語に置き換えるというのがテーマとしておもしろかったのですが、こういった“言語”“感覚と言語のつながり”というのはご専門にやられていたんですか?
宮内:「英文科で言語学をやっていました。ただ、こうした言語をめぐる趣向はSFにおいては定番のテーマであったりもして、どちらかと言えば、及び腰になっている面もあります。だからいずれ、知識を活かしながら本格派の言語SFを書いてみたいとも思います」
――将棋を扱った『千年の虚空』は物語の形式としてとても美しいものがありました。こういった作品を作り上げた文学的ルーツとしてはどのようなものが挙げられますか?
宮内:「この短編では日本文学的な雰囲気を出そうと思っていました。文体の面では、『芽むしり 仔撃ち』などの大江健三郎作品を意識したりもします。お前が大江を意識してどうするんだって話なんですけど(笑)あとはそう、中上健次などでしょうか。『岬』がとても好きでして。ところで、表題作の「盤上の夜」を書いたときは、いかにして男性的な性や暴力を無効化するかといったことを考えていました。が、性や暴力はある種文芸の王道でもありますので、それを回避して書かなかったというのは、それはそれで癪でして、だからいっそのこと正面からやってみようと取り組んだのがこの作品です」
――チャトランガを題材にした『象を飛ばした王子』からは手塚治虫の『ブッダ』の影響が色濃く感じられますね。
宮内:「そうですね。この作品を読んでくださった方の多くが手塚ブッダを連想するでしょうし、その場合、やっぱり手塚の絵柄が頭に浮かぶのかなと思います。中村光の『聖☆おにいさん』だという方もいるようです。それはともかく、手塚版は私も小さい頃に読んでいて、その呪縛は大きいです」
――あの作品は子どもの頃に読むと強烈ですよね。
宮内:「強烈です。基本的には全然違う話であるはずなのですが、セリフ回しなどには、いかんともしがたい手塚ブッタの影が残っている(笑)」
――『ブッダ』の呪縛から逃れるために、どのようなことをされましたか?
宮内:「とにもかくにも、扱っているテーマがテーマですので、仏伝本来の全体像を立体的に把握しなければならない。この作品の場合は、仏教典籍を読んだりですとか。ですから、そもそも手塚の呪縛どころではなかった。逆に、読者からすれば遠い古代の話ですので、手塚ブッダのイメージを活用しない手もない。そこで、設定面などは、むしろできるだけ手塚版を踏まえています」
――『清められた卓』は麻雀がモチーフになっています。この作品が一番ゲームそのものへの宮内さんの愛着が感じられました。
宮内:「麻雀には膨大な時間を費やしましたからね(笑)ゲームそのものの闘いという意味では、この作品だけやたら描写が多いはずです。
ただ、ゲームの闘いを正面から扱っても、ついてこれる人が限られてしまいます。かといって、ゲームをテーマとして選んだおきながら、“戦闘シーン”がいっさい存在しないのも、それはそれで問題があるだろうと。そこで、麻雀に限っては踏み込んで書いてみようと方針を立てました。麻雀であれば、『麻雀放浪記』など、前例がたくさんありますので」
――ゲームそのものを詳しく書かれていると同時に、最もエンターテイメント性が強かったのも『清められた卓』だったように思います。個人的にもあの作品が一番楽しんで読めました。
宮内:「ありがとうございます。そう言っていただける方が多いです」
――それはそうと、直木賞は残念でしたね。ただ、選評を読む限り選考委員はおおむね好評価でした。
宮内:「“なんでこんなのが候補に上がってきたの?”と言われると思っていたのですが、みなさん好意的な評を書いてくださいました。そのなかで、宮城谷昌光さんが作品全体の敷居の高さのようなものを指摘しておられまして、これは胸にとどめなければと思いました」
――候補上がったことを知らされた時の心境はいかがでしたか?
宮内:「候補になったという電話がきたのが、吉祥寺のブックスルーエで『キン肉マン』の新刊をレジに運ぼうとしたまさにその瞬間でして、非常に取り乱したのを覚えています。それはともかく、まさかこのようなことになるとは、いっさい想定していませんでした」
――選考の日はどうされていましたか?
宮内:「この本の版元の東京創元社さんを中心に、その時交流のあった編集者の方々と待っていました。新人が“待ち会”というのもどうかと思ったのですが、せめて少しは盛り上げようと(笑)」
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