本社と事業部/子会社の戦略方向性の整合性を図ることに加え、事業部/子会社を同様の戦略方向性に沿った形で管理するために、各事業部/子会社にとって最適とされる行動が、全社的にも最適となるよう行動づける評価尺度等の導入が強く求められる。
特にM&A後では人事的な評価基準に留まらず、事業評価に用いる指標(EBIT、EBITDA等)が事業部ごとに異なる企業も多数あるため、事業部/子会社間の公平的な業績評価を行う観点から、評価を行う際の共通のモノサシの作成が重要である。
事業部間の共通のモノサシの作成例として、京セラでは、会社組織を「アメーバ」と呼ばれる独立した小集団に分割した上で、各アメーバに共通の内部会計システムを導入している。共通の内部会計システムの内容は、アメーバの違いに関わらず、一律にアメーバ利益を用いて評価を行うといったものである。ここでいうアメーバ利益とは、各アメーバの売上(内部取引に用いる売上数値を予め設定)から、営業口銭(販売費に近しい費目)を控除して算出した値である。
また、全社方針である「売上は最大に、経費は最小限に」という思想を内部会計システムを通じて各アメーバに浸透させる機能も持ち合わせている。つまり、アメーバ利益の計算に人件費を含めないことにより、各アメーバにおいても、売上の増加策と経費の削減策に注力でき、「売上は最大に、経費は最小限に」という方向性を保つことを可能としている。
前述のとおりマーケット動向の変化への対応や、知見の共有を生かしたR&D投資の削減、あるいは市場投入期間の短縮といったコスト削減を目的に、社外パートナーとの連携が一つの手段として考えられる。しかし、連携に際し、事業部単体では円滑に行うことが困難な場合があるため、本社が代わってパートナーとなり得る企業の洗い出しや連携の枠組み整理及び手続きが求められることがある。
本社としては、社外との連携を可能とするために、どの事業領域で社外との連携を模索するのか、どの開発フェーズで連携を行うのか、連携する場合適切なパートナーをどう見つけるのか、自社の情報をどこまで開示するのか、といった社外連携を強化する制度導入を行う役割が必要であると考えられる。
社外リソースも視野に入れた機能強化/コスト削減の実例として、P&Gでは、イノベーションの強化を目的に、社外リソースの活用を行っている。社外リソースの活用において本社は、社外リソース活用の基準制定、各事業部の現状認識と戦略構築、各々の役割の決定、促進策の実施、という4つの観点で支援を行っている。
社外リソース活用基準の制定は、社外とのナレッジ共有に際し、社外にオープンしても良いとするナレッジの範囲及び開発段階を定めるものである。現状認識と戦略構築としては、各事業部が有する知識と開発ノウハウを本社が識別し、イノベーションが展開できる方向性を明確にする。さらに、識別した情報をベースに今後のイノベーション活動の展開に重要となる社外パートナーを見つけることである。
各々の役割の決定としては、社外とのナレッジ共有を行う場合、各事業部が行うべき役割に加え、社外リソースの活用プロセスをモニタリングする機関を定めるといったことである。促進策の実施としては、社外と連携するインセンティブが働くような評価制度を構築する。評価制度の一例として、社外リソースを使用した場合と、自社で全ての開発を行った場合との開発コストを比較し、その差分をコスト削減の評価項目に反映することなどである。
産業のコンバージェンス化/クロスオーバー化に企業が対応するため、横串組織の設置が求められることがあるものの、この場合の懸念点として、横串組織への予算や権限配分が不明瞭であったり、組織結成についてのインセンティブが設定されていない状況が多くの企業で当てはまる。こうした懸念点に対応すべく、本社は事業部/子会社間など職務ユニットなどを横断したビジネスユニットのコーディネーター、オペレーターとしての役割が求められる。
具体的なコーディネーター、オペレーターの役割としては、横串組織への予算配分及び権限配分基準の明確化、社員が積極的に参加可能となる制度設計、及び横串組織に従事する者への特別評価項目の設定といった組織結成の促進策の整備が考えられる。
横串組織の活性化の事例として、Sumsungは、年1回、従来組織とは異なる新製品開発タスクフォースの結成を行い、新製品開発を進めている。本社では、横串組織の活性化のため、タスクフォースのプロジェクトメンバーは既存業務から離れ、3ヶ月間新製品開発に集中する環境を設ける制度やプロジェクトメンバーが共同生活をしながら製品開発が可能な、Value Innovation Project Room(VIPルーム)を設けるなどの制度を整備している。更に、社員の積極的参加を促すため、新製品開発タスクフォースの失敗に対する不利な評価は行わず、成功した場合、授賞など特典を付与するといった制度も構築している。
上記で挙げた本社が持つべきケイパビリティについて、制度を構築することだけでは不十分であり、実際に実行されているのかモニタリングする機能が求められる。さらに、より実効性を向上させるため、進捗状況に応じて社員が行うべき役割を明示することも必要とされる。
本社としては、具体的な実行を担保するため、事業部戦略の進捗状況をいつでも確認できる組織体制や人員配置を設けることが重要であり、「誰が、何をすべきか」を表示できるアクションマネージメント、「いつ」までにすべきかを明示する優先順位マトリックスなどのツールを使用した管理手法も有用であると考えられる。
アメリカに本社を持つ製薬会社のMERCKでは、立案した戦略の形骸化の阻止のため、戦略実現オフィス(Strategy Management Infrastructure Office)を設置しており、このオフィスが各事業部をモニタリングし、戦略実現の実効性の向上に役立っている。(図8)
戦略実現オフィスでは、5〜10人程度の人員を用意し、各事業部の戦略の明瞭性及び実際に行われている取組みみが戦略の実現に結びついているのかのモニタリングを行う。モニタリングの結果、戦略目標の達成が困難と判断した場合には、戦略実現オフィスが介入し、事業部が有する戦略実現に向けての取組みを行動レベルで設定し、設定した行動を各事業部が実行できるコーディネートを行うことで、戦略実現を担保する機能を果たしている。
本社は、その性質としてコストセンターであるがゆえに、利益を生まない場所であり、他の企業との違いも見えにくい部分であるため、企業戦略においてややもすると軽視されてしまうこともある。しかし、本社は企業の事業活動を司る機関であり、いわば企業の"脳"に相当するため、特に大きな事業変化の波が押し寄せてきている局面においては、会社機能の中で最も重視すべき組織であり、機能であると考えられる。
ホールディングス制への移行や、日本企業による海外企業の買収が盛んな今だからこそ、企業の更なる成長に向けて、本社が持つべきケイパビリティのあり方を再度吟味することに一層の意味があると信じたい。本稿が、本社の持つべきケイパビリティのあり方について考えるきっかけになることを願っている。
中野 大亮(Daisuke Nakano)
ローランド・ベルガー パートナー
東京大学法学部を卒業後、米国系戦略コンサルティングファームを経て、ローランド・ベルガーに参画。総合商社、流通・小売 、アパレルなどを中心に幅広いクライアントにおいて、成長戦略、ポートフォリオマネジメントなどのプロジェクト経験を豊富に持つ。消費財・流通グループのメンバー。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授