「怠け者」のレッテルを貼られてきたキリギリスの活躍の場が増えている。それまで美徳とされてきたアリの習慣や価値観がマイナスに働く場面も増えてきた。その背景となる環境変化とは。
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有名なイソップの「アリとキリギリス」で描かれたのは「働き者のアリと怠け者のキリギリス」の構図でした(解釈は諸説あるようですが、以下本稿では圧倒的多数で知られている上記解釈をベースに話を進めます)。
ところが時代の変化はキリギリスの活躍の場を広げつつあります。ここではそれまで良しとされてきたアリの価値観がむしろマイナスに働くことがあるのです。イソップの物語が書かれたのが紀元前と言われていますから、2000年以上に渡ってキリギリスは「怠け者」のレッテルを貼られていたことになります。
近年キリギリス(のような人)の活躍の場が増えてきています。皮肉なことにそれまでの短所が長所になり、長所が短所に変わるために、それまで美徳とされてきたアリの習慣や価値観がマイナスに働く場面も多く出てくることになるのです。
まずはその背景となる環境変化についてまとめておきましょう。
あるものは全てその場で使ってしまう「宵越しの金は持たない」キリギリスに対して、「貯める」ことを美徳とするアリはイソップ童話でもコツコツと夏の間も冬に備えて貯蓄にいそしんでいましたが、その価値観を今見直さなければならなくなっています。
文字通りお金の話では、日本は個人の金融資産も企業の内部留保も膨大な蓄積があるにも関わらず、それがうまく循環しないという状況に陥っています。20世紀まではあまり問題にならなかった「お金をいかに使うか」がいま問われているのです。
続いて私たちの生活が「所有」から「利用」へ移ってきています。代表的なのがクラウドコンピューティングです。それまでは個々のPCに「所有」していたアプリケーションやデータの大部分がクラウド上に移行しつつあり、まさに「所有」から「利用」への動きが加速しています。
さらに近年ではマンションや車などを中心として稼働率の低い所有物を他者と共有して活用するAirbnbのような動きが拡大してきました。若年層の消費欲の低下やエコの動きも重なってこの流れは加速するでしょう。
20世紀までの日本の「勝ちパターン」はある程度基本形があるものを「小さく安く高機能に」することで製品やサービスを最適化することによって競争力を獲得することでした。ここで必要だったのは、効率的なオペレーションでした。従って学校教育も企業の価値観も「標準化してばらつきをなくして底上げをする」ことを目標として取り組んでいたのが、日本が既に製品やサービスにおいてはむしろ「手本になる側」になり、新興国の追い上げにあってこのモデル自体が機能しなくなってきています。
代わって相対的重要性が上がってきているのが創造的・革新的なイノベーションです。ところがまさに後述するように、オペレーション人材(アリ)とイノベーション人材(キリギリス)とでは価値観がある意味「真逆」であり、これまでの「優秀なアリとその巣」の価値観がイノベーションへの移行のスピードを落としています。
オペレーションに必要な効率性は画一的な巨大組織を作ることが1つの成功パターンですが、イノベーションに必要なのは創造性です。ここではむしろ個人の出番が大きくなります。
ではアリとキリギリスとではどのように思考回路が異なるのでしょう? 以下の説明で、同じ一つの事象を見ても両者では全く反応が違い、これがよくも悪くもオペレレーションへの強さとイノベーションへの強さの源泉となっていることが分かるでしょう。これらの「人種や宗教の違い」についてはさまざまな文献にもありますが、あえてこれを「アリとキリギリス」で表現し、「3つの特徴的な相違」を述べます。
1、「貯める」アリと「使う」キリギリス
イソップ童話の教訓から、この違いについては明確に理解してもらえると思います。さらにここで補足しておきたいのは、アリも決して使わないわけではないのですが、お金を使う順番がキリギリスとは異なっているということです。
つまり、「貯めてから貯めた中から使おう」と考えているアリと「使ったらそのうちに入ってくるだろう」と考えるキリギリスの違いです。別の切り口で見ると、「跳ばない」アリと「跳ぶ」キリギリスの違いは、出費とその効果に明確なつながりが見える時のみ出費するアリと、そこに明確な関連がなくても「やってみなければ何が返ってくるか分からない」というキリギリスの違いになります。
また、貯めるか使うかの違いは一般化すると蓄積された「ストック」重視かその場で起こっている「フロー」重視かの違いにとしても現れます。
2、巣があるアリと巣がないキリギリス
アリは常に組織の正義を正とし、「内と外」を明確に意識します。組織にいるということは、序列や階層の意識が強いことを意味します。内と外の違いが強いというアリの意識は、例えば「常識と非常識」の明確な区別と常識の重視(「内」にあるものが正で「外」にあるものは悪)として行動に出ます。
またそれは、コミュニケーション重視のアリに対して創造重視のキリギリスとの違いとなっても現れます。規則やルールや「横並び」を重視するアリと、それらにとらわれないキリギリスは「組織の正義優先」か「個人の思想優先」かの違いから来るものと言えます。
3、「歩くのみ」のアリと「跳ぶ」キリギリス
1、の項目でも触れましたが、基本的に平面的な動きしかしないアリと、それに加えて跳び上がるという選択肢を持っているキリギリスは、「2次元と3次元」という違いとなって現れます。
これが思考回路にどう影響するのか?
ここでは「自由度の違い」と解釈します。自分で動ける範囲がキリギリスの方が大きく、自由度が高いのです。さらにこれを拡大解釈し、「変数が固定されているアリ」と「変数を自分で変えられる(作り出せる)」違いとします。「変数や自由度」という言い方は分かりにくいかも知れませんが、ビジネスで言えば、「自分でコントロールできる(と思っている)範囲」や「暗黙の制約条件の範囲」というイメージで捉えれば良いと思います。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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明治学院大学 経済学部准教授