telehealth、mHealth、AI、VR、ブロックチェーン……デジタル技術は、ヘルスケア業界にさらなる革新をもたらすための強力なテクノロジーだ。各技術の「現在地」を整理するとともに、各企業が「デジタル技術を活用して何を実現するか」を定義することが、デジタルヘルスの事業化の出発点と考える。
数多の市場調査レポートによると、世界のデジタルヘルスの市場規模は、2018年でおよそ2000〜3000億米ドルと推定されている。もしこの数字が正しければ、同年の世界の医薬品市場(8000億米ドル) の2割以上、4割弱に値する規模だ。しかし、その巨大市場を代表する企業をすんなりと挙げられる人は、ほとんどいないのではないだろうか。ファイザーやノバルティスのような世界的企業が、デジタルヘルスの分野でも誕生しているのか、それともデジタルヘルス市場は、砂上の楼閣なのか。
telehealth、mHealth、AI、VR、ブロックチェーン……デジタル技術は、ヘルスケア業界にさらなる革新をもたらすための強力なテクノロジーだ。市場では、長きにわたり無数のプレイヤーが試行錯誤を繰り返したことで、各デジタル技術の役割が徐々に明確になりつつある。各技術の「現在地」を整理するとともに、各企業が「デジタル技術を活用して何を実現するか」を定義することが、デジタルヘルスの事業化の出発点と考える。
2017年、米FDAは、アルコール、麻薬、コカイン、覚醒剤中毒に対する単剤療法として、Pear Therapeuticsが開発したreSETというデジタルセラピーに対して、初めて「処方薬」としての承認を与えた。reSETは、アプリを通じた患者とのコミュニケーションで、患者の行動変容を促し、中毒症の治療を行う。reSETに続く製品として、Pear Therapeuticsは、オピオイド依存症に対する併用療法として、reSET-Oを申請、FDAの承認待ちだ。その他にも、Virta Healthによる糖尿病患者向け治療や、Propeller Healthによる喘息、COPD患者向け治療などが、デジタルセラピーとして治験を行なっている。
Pear TherapeuticsやVirta Health、Propeller Healthは、デジタルセラピーの開発企業だ。デジタルセラピーの開発というと、iPhoneアプリの開発のようなプロセスを想像するかもしれないが、こうした企業の社内組織は、基礎研究チーム、臨床開発チーム、品質保証グループ、薬事グループなど、製薬会社と同様の機能を有する。
「デジタルヘルス」が、ヘルスケア業界のメガトレンドの一つつとして注目を浴びるようになって久しい。当初は遠隔医療に代表されるtelehealthや、アプリやスマートウォッチなどのmHealthが脚光を浴びていたが、近年はAIやVRなど、新しい分野に投資がシフトしつつある。また、企業の「デジタルヘルス」への参入が増え、製品・サービスの上市を繰り返してきたことで、それぞれの要素技術の得手不得手も徐々に明らかになってきた。
本稿では、ヘルスケア業界のメガトレンドに立ち返ることから始め、ともすれば概念が一人歩きしやすい「デジタルヘルス」について、各技術が、ヘルスケア業界でどのような役割を果たそうとしているのか、その現在地を整理する。その上で、「デジタルヘルスはビジネスになるのか」という問いに回答することを目指したい。
ヘルスケア業界を一くくりに語るのは難しい。当業界で活躍するプレイヤーは、製薬会社や医療機器メーカーのような「メーカー」もいれば、病院やクリニックなどの医療機関、検体検査会社、薬局のような「サービスプロバイダ」、医療費償還の決定権を持つ保険会社、さらには医薬品卸やシステムプロバイダまで、極めて多岐に亘る。また、国によって医療政策、規制、保険制度が異なることも、市場をさらに複雑にしている。従って、厳密に言えば、各国、各プレイヤーによって、トレンドは異なる。
しかし、ヘルスケア業界が古くから目指してきたことは、大きく3つに大別できる、と筆者は考えている。それは、「医療の質を上げること(better quality)」「良質な医療を(金銭的に) 誰でも受けられるようにすること(cost to zero)」「良質な医療を誰でもどこでも受けられるようにすること(universal access)」の3点だ。(図A参照)
ヘルスケア業界のメガトレンドは、基本的には、この3つの目標を、より高次元で実現するために、現在の仕組みをさらに変革していくための取り組みとして理解することができる。例えば、製薬会社が、生命を脅かす疾患や希少疾患に焦点を当てて医薬品開発を進めていることは、医療の質を上げる、という取り組みの最たるものである。一方で、中国やインドネシアなどの新興国で、国民皆保険に向けて公的保険が整備されつつあるのは、アクセス改善に向けた取り組みだ。
また、昨今よく耳にするようになった” Population health (社会集団に対する健康管理)” は、病気を未然に防ぐことで医療費を抑制しようという取り組みだ。同様に、” Value based care (価値に基づいた医療)” は、患者のアウトカムに注目しているという点では、医療の質を上げていく取り組みであり、アウトカムの改善効果を勘案して価格設定(償還設定) するという点では、良質な医療を多くの人に届けるための取り組みである。
一方、3つの目的の中で何を重視するかについては、国によっても、プレイヤーによっても、疾患領域によっても異なる。例えば、医療インフラ、医療保険が未成熟の新興国では、アクセス改善が最重要課題であろう。疾患別では、アルツハイマー病のように治療満足度が相対的に低い疾患では医療の質向上が希求されている一方、高血圧の治療では、医療費抑制に向けてジェネリック医薬品の推進に重きが置かれているかもしれない。新薬メーカーは医療の質を高められる新薬の開発を目指し、ジェネリックメーカーは医療費抑制への貢献を目指している。こうした各国、各企業の取り組みに対し、デジタルヘルスはどう貢献できるのだろうか。
ニューメキシコ大学のDr. Aroraは、C型肝炎専門医と州内のクリニックがオンラインで情報交換できるtelehealthプラットフォームとして、「プロジェクトECHO(Extension for Community Health Outcomes)」を2003年に発足した。当時、ニューメキシコ州では、適切な医療が受けられているC型肝炎患者は5%しかいなかった。州内に2人しかいないC型肝炎専門医の一人であったDr. Aroraのもとには長蛇の列が作られ、診察は8カ月待ちだったが、プロジェクト開始後は、待ち時間は2週間にまで短縮された。
プロジェクトECHOは、その後、ニューメキシコ州だけでも、3000の医療機関が参加し、C型肝炎だけでなく、循環器疾患、慢性疼痛、認知症、内分泌疾患、HIV、精神疾患などに対象を拡大、6000人以上の患者の治療に貢献している。プラットフォームを通して開業医と専門医が意見交換することで、患者は、大学病院レベルの診断や最先端の治療を、地域のクリニックでも受けられるようになった。2011年にNew England Journal of Medicineで報告された論文によると、ECHOでの治療成功率は、大学病院での成功率と同程度を実現している。
現在では、MDアンダーソンやマサチューセッツ大学など、米国全土に広がるばかりか、海を越えてウルグアイ、インド、カナダなどでも活用されている。ECHOは、telehealthが、医師間(DtoD) のコミュニケーション・プラットフォームとして成果を挙げている一つの例だ。
一方、2002年創業のTeladocは、医師と患者(DtoC) をつなぐプラットフォームを提供している。Teladocは、緊急時以外であれば、電話による医師相談、専門医を含むオンライン診察、基本的な医薬品の処方などを、24時間受けられるサービスだ。2016年までに約100万件が同プラットフォームで受診している。
Teladocは、個人向け中心であったプラットフォームを、多国籍企業の従業員向けへと成長させることで事業を拡大してきた。現在では、顧客企業数7500社、会員数2000万人、顧客満足度95%を誇る、世界最大規模のtelehealth事業者だ。2018年には、スペインのAdvance Medicalを買収し、アジアと南米における民間医療保険分野にも進出、展開国を世界125カ国に広げた。2015年の米国での上場後も株価は順調に推移し、時価総額は40億ドルを超えている。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
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株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授