連載
» 2018年10月01日 08時09分 公開

視点:デジタルヘルスの事業化 (2/2)

[諏訪 雄栄(ローランド・ベルガー),ITmedia]
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 上記2つの例のように、telehealthは、DtoD、DtoCそれぞれのやりかたで、専門医の診察が難しい地域でも、実際の専門医訪問に近い治療効果、患者満足度を得られるプラットフォームとして活躍できることが分かってきた。さらに、最近では、実際の訪問以上の効果を挙げる例も出てきている。あるtelehealthプロバイダによると、精神疾患患者や小児科患者は、医師と直接会うことがストレスになるため、訪問が滞りがちだが、telehealthを通じてなら診察ができるようになった例があると言う。

 一方のmHealthの利点は、リアルタイム、かつ継続的なデータの蓄積、モニタリングができる点にある。こうした利点を最大限活用し、mHealthは、服薬コンプライアンスの改善や、疾患予防の分野で存在感を発揮している。

 Annals of Internal Medicineによると、米国において、処方箋通りに患者が服薬している割合は5割にとどまり、その損失は1000〜3000億ドルに達するという。mHealthは、従来この分野と相性がよく、メールやスマホの通知による服薬アラートサービスは枚挙に暇がない。さらに、2017年11月には、大塚製薬が米Proteus社と開発した「Abilify MyCite」が世界で初めて「デジタルピル」としてFDAの承認を獲得した。Abilify MyCiteは、統合失調症および双極性障害治療薬として承認されている医薬品「Abilify」の中にセンサーを埋め込み、患者が服薬するとセンサーが服薬データをスマートフォンに送信、患者はデータを医師と共有することで、服薬状況に基づいた治療効果の確認、治療方針の変更を行うことができる。データを家族と共有することで、飲み忘れ防止などにも活用することができる。

 2018年2月のアメリカ人工知能学会(AAAI) では、米国発スタートアップのCardiogramが、アップルウォッチの心拍数モニタを活用することで、糖尿病既往歴のある患者を85%の精度で検出できた、と発表した。Cardiogramは、これまでにも、アップルウォッチの心拍数モニタを彼らの持つ機械学習アルゴリズムと組み合わせることで、不整脈を97%、睡眠時無呼吸症候群を90%、高血圧を82%の精度で検出できた、と発表している。これらのデータだけでは確定診断には不十分だが、こうしたリアルタイムのデータを基に、リスクの高い患者に医療機関への受診を促すことができれば、早期発見、予防につなげることができる。

 グローバルに展開するプラットフォームや、上場企業、FDA承認を取得する製品が生まれたことで、telehealthやmHealthの役割はずいぶん明確になってきた。役割が見えてきた今、事業者が直面する最大の課題は、「保険償還を獲得できるか」という点だ。多くの保険者は、telehealthやmHealthの役割を認めつつも、医療経済性の観点では疑問を持っている。「治療がオンラインで終わるケースはなく、単純に診察回数を増やしているだけではないのか」という辛辣な意見もある。ECHOは助成金での運営が続いているし、Teladocも現時点では黒字化できていない。しかし、Teladocの企業向けモデルへのシフト、Advance Medical買収による医療保険分野への参入は、ビジネスモデルの一つの解となる可能性がある。

3.2 医療に新しい選択肢をもたらしつつあるAI、VR

 telehealthやmHealthの役割や課題が明確になる一方、新たに脚光を浴びているのが、VRやAIだ。とはいえ、AI自体は、ヘルスケア業界にとっても真新しいものではない。IBMのワトソンのように、診断「支援」分野でのAIの活躍は広く話題になっている。一方で、近年は「支援」よりさらに先の役割を担う動きが出てきている。

 2018年4月、米FDAは、IDx社が開発したAI医療機器「IDx-DR」に対し、診断装置としての承認を与えた。IDx-DRは、患者の網膜画像を撮影し、AIが分析、ソフトウェアが、中等度以上の糖尿病網膜症に対し診断「結果」を出すことができる。AIを使用する製品は、これまでもFDAの承認を得てきたが、医師の解釈を経ずに検査結果を出すことが認められたのは初めてだ。IDx-DRを活用すれば、網膜専門医を介さずとも精度の高い検査を受けることができる。眼科に限らず、皮膚科、放射線科、結核など、画像をたよりにしている疾患領域は、特にAIによる診断との親和性が高く、診断、処方プロセスが大きく変革される可能性が高い。

 VRは、これまで治療効果が得られなかった疾患に対する新しい治療選択肢になりうる技術として、大きな脚光を浴びている。カリフォルニア州のシダーズサイナイ病院では、VRヘッドセットを利用した世界最大規模の臨床試験が行われている。ヘルスケアVRのリーダーであるApplied VR社と協業し、VRの活用によって、慢性疼痛患者の、鎮痛剤の使用量、入院期間、患者満足度がどう変わるかを調査している。VRでリラクゼーションビデオを見ることで、疼痛患者の痛みが25%程度緩和されるとの調査もある。

 VRに特に期待がよせられているのは、慢性疼痛やADHD、PTSDなどの精神疾患の分野で、こうした分野ではしばしば医薬品の乱用が問題になっている。VRを活用した臨床試験は世界中で行われており、VRが治療の選択肢の1 つとして、治療ガイドラインに掲載される日も遠くないかもしれない。

 AIやVRは大きな可能性を秘めている一方、市場に浸透するまでの道のりはまだ長い。医療機器、ソフトウェアとしての承認はなされたとしても、実際に処方するのは医師であり、実際に利用するのは患者だ。医師や患者の中には、新しい技術に懐疑的な目を向けるむきもある。製薬会社や医療機器メーカーは、製品が医師に受け入れられ、実臨床に取り入れられ、患者が不安を感じずに治療を受けられるために、エビデンスの構築、疾患啓蒙、患者のサポートなど、幅広い活動を行っている。今後は、2018年2月のロシュによるフラティロン買収のように、スタートアップと大手企業との協業がますます活発化するだろう。(図B参照)

ヘルスケア業界の目指す姿からみた各要素技術の活用例

4、デジタルヘルスの事業化

 本稿で見てきた通り、デジタルヘルスを担う要素技術は、それぞれ得意、不得意が見えつつある。例えば、治療の選択肢を増やすことで「医療の質」を引き上げる可能性があるのはAIやVRなどの新しい技術だ。一方で、医療のアクセス改善にはtelehealthやmHealthへの期待が大きい。しかし、各技術が試行錯誤しながら役割を見つけてきた過程をみると、各要素技術の得意分野を一方的に決めつけてしまうことも、そのポテンシャルを見失うリスクがある。

 一方で、「市場の広さ」を考えると、デジタルヘルスで「医療の質」に貢献することができれば、その市場は世界中で展開できる可能性が高い。医薬品や医療機器は、世界中どこでも同じものが普及していく傾向にある。対照的に、「医療費抑制」や「医療のアクセス」への貢献は、各国の医療制度や医療インフラを考慮しながら展開する必要があるため、各国個別での対応が必要だ。こうした観点からは、単純にデジタルヘルスを単独の事業として捉えるなら、「医療の質」への貢献を目指したモデルのほうがスケールする可能性が高い、と言えるかもしれない。

 しかし、「何が有望か」「何がスケールするか」でデジタルヘルスへの取り組み方、事業化を検討する、というアプローチで事業の骨格を見定めるのは、現段階の技術的成熟度では、極めて難しいように思う。むしろ、筆者は、「デジタルヘルス」を単独で捉えるのではなく、デジタルヘルスを、「目指す姿への変革を実現するためのenabler」と捉えるべきだ、と考えている。従って、各要素技術についても、「各技術が、目指す姿実現にどう貢献できるか」という観点で理解するべきではないだろうか。換言すれば、企業が「デジタルヘルスにどう取り組むか」を考える際には、「自社がヘルスケア業界のどの部分への貢献を目指しているか」を出発点に、実現に貢献できる要素技術に取り組む、という考え方が必要だと感じている。

 例えば、telehealth 一つをとっても、過疎地の患者向けのオンライン診察として活用すれば、アクセス改善には有効だ。一方で、遠隔地の医師と大学病院の専門医のコミュニケーションツールとして活用すれば、医療の質向上に貢献できる。

 アクセス改善に最優先に取り組みたい企業は、telehealthの中でもオンライン診察に取り組むべきかもしれないし、医療の質を上げたい企業にとっては、医師間コミュニケーションツールに取り組むべきかもしれない。「telehealthの中で、オンライン診察と医師間コミュニケーションツールではどちらが有望か」、ではなく、どちらが自社の目指す方向性と合致しているか、が重要なのではないだろうか。

 現在御社が取り組んでいる領域で、アンメットニーズはどこにあるのか。それはデジタル技術によって解決できるのか、という問いを出発点に、デジタルヘルスと向き合ってみてはどうだろうか。

著者プロフィール

諏訪 雄栄(Yoshihiro Suwa)

ローランド・ベルガー パートナー

京都大学法学部卒業後、ローランド・ベルガーに参画。日本および欧州においてコンサルティングに従事。その後、ノバルティスファーマを経て、復職。製薬、医療機器、消費財を中心に幅広いクライアントにおいて、成長戦略、海外事業戦略、マーケティング戦略、市場参入戦略(特に新興国)のプロジェクト経験を多数有する。


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